2012年12月28日 (金)

昔の年の瀬のお父さん

年を取った為か、以前のようにちゃっちゃと体が動かず(泣)
それでもどうにか住まいの方の掃除が済み、
明日は工場の掃除をして取りあえずは年末掃除が終了しそう。

四角いとこを丸く掃くレベルのズボラな私がつくづくと思うのは、
かって、いかに日本人が一年の節目節目をきちんと過ごしたかという事。

春には畳をあげてのっ!大掃除。
我が家では男手は父だけだったので、毎年勤務先の若い男性が
数人手伝いに来てくれて、この一大イベント?の決行。

          A

                                      ↑ このループ、
                    真ん中に付いてるのもあると
                    優しく(笑)ねこおばさんに言われて気づきました。
                    そりゃあ、付いてるのは真ん中ですよね~。
                      (描きつつも自分でここだったけ?と…)

畳をあげると、その下に湿気取りに敷かれていた古い新聞紙を
インクの香りのする新しい新聞紙に変えて、石灰?か何かの
白い粉を撒く…。普段の畳の部屋が全然違う雰囲気になって
慌ただしい中でも、とても面白かったわぁ。

狭い家でも天井のすす払いまでするとなると結構時間もかかる。
母は食欲旺盛な若いあんちゃん達のお昼やお茶の準備、
全て終われば近所のお銭湯で汗を流してもらって、なにがしかの
心づけを渡す…。あぁっ!
私なら絶対したくないっ!

でもこんな恒例も私が小学校の2年辺りには なくなって、
その後は家族で適当に(笑)。

そして、年末の掃除がまた忙しいんだわ。
昔は今よりも寒かったし、便利なグッズも無かったから
本当に大変だったと思うけど、新しい年をきれいさっぱりとした
気分で迎えたいという、かっての日本人の気質なんでしょうね。
まぁ、私なら絶対したくないっ!けどね。

          B

彼らから見れば現代っ子の私(おいおい…)は無理の無い範囲で?
年末準備をしていま~す。
(楽しく過ごしてこそのお正月だもんね♪)

明日からは子供達も帰省するので、今年はこの記事が最後と
思います。

思いっきり更新が遅くなってるこんなブログに来て頂いてた皆さま、
本当にこの一年有難うございました。

      恐縮、そして感謝の言葉しかありませんが、
      どうぞまた来年もよろしくお願いいたします。

            皆さま、どうぞ良いお年をっ!

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2011年11月27日 (日)

付いてきた味方?

足首が弱いのか?先々月にもおもいっきり足首を捻ってしまった私。
こりゃ、年取ってから大変だぞと、それ以来時間があれば、
日中たとえ3、40分ほどでも歩くようにしている。

二か月以上も続けると、さすがに近所を歩くのは飽きてきて、
最近では私の小学校時代の学校区辺りを歩く日もある。

結婚前に住んでたその地域よりも、すでに
嫁ぎ先の住所に変わってからの方が長くなっているというのに、
ちょっと路地に踏み込めば
いまだにちくっと感じる何かよそ者的な気後れ感…。

それが、子供時代散々歩いた道を行けば
随分と様変わりしたにも拘らず、
どの家並みにも感じられる懐かしさや、思い出。

小さな商店街はシャッターが閉まったままの店が大半だけど、
夫々の店主の顔は記憶の中に。

あの頃、通学路途中にとても大きな菓子問屋があって、
通りの角に一般客用として小売りの店を開いていた。

          A

          B

いわゆる子供相手の駄菓子屋でなかったので、
いつもより多め?のお小遣いがあるとそこに喜び勇んで(でへへ)
走って行ったもんですわ。

やがて次々と出来たスーパーに押されて、とうの昔に閉店してたそこは
この間通ったら、とうとう取り壊され、コンクリートで固められた駐車場になってた。

(ぎりぎり6台分!?のスペースしかなかったのには結構驚いた)

コツコツと靴音が響いた木の床にはオイルワックスが塗られ、
その黒い床の上には、
量り売りしてた何十種類ものお菓子が仕切り毎に収められた
ガラス蓋の付いた木製の大きなケースが置かれていたね。
店の奥には当時としては珍しくコーヒー豆も売られていて、
経営者の奥さんが客にコーヒーを入れていたのも覚えている。

あんなに広いと思っていた店も壊してしまって更地になれば
車6台の夢の跡。

     小さい頃の思い出が一杯の場所から帰宅してみれば、
     いつの間にかズボンの裾にちゃっかり付いてきた
                「どろぼうぐさ」。

          C

うちの町内会では、私の後に誰もお嫁に来ないし、
我が家の子のように外に出ていったりで、
ベテラン主婦の中でいまだに新参者扱い?の私(とほほ)。

枯れた草の実一つでも、
味方が付いてきたようでちょっぴり嬉しかったよ。

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2011年11月18日 (金)

恵比寿講と布団?

私の町は今月の19、20日が恵比寿講で、
鳥居に続く参道は縁起物のお宝や熊手を売る店や、
近隣の参拝客で大賑わいになる。

昔のこの時期はとにかく冷え込んで、父に連れられて私達姉妹が
お参りに行く時なぞ、着ぶくれ状態で出掛けたものだが、
なんか最近の寒さは微妙に柔らかいんだな…。

とても暖かった今日、布団を取り込みながら
そういえばかなり前に使ってた綿の布団、あれは古くなるとペタンコになって、
暖かくなくなる、おまけに重くもなるし…。
そうなると布団屋さんに「綿の打ち直し(打ち返し)」してもらって
また布団が新品みたいになって戻ってきたと思い出した。

今は羽毛や羊毛に変わったので楽になったが、
かって、実家の母が打ち直した綿で自分で布団を
縫ってた事があったと思い出した。
でもかなり大変な作業だったので、私が小学校に上がる頃には
さすがに近所の布団屋さんにお願いしてたけどね。

何度も打ち直しすると綿もヘタるので、そうすると
座布団や綿入れ半纏(はんてん)に姿を変えて、再利用。
そっ、完全にリサイクル、エコざますね。

おまけに子供のセーターなんかも小さくなれば、編み直し

…しかし、ほんと昔の主婦って大変だったわね。
いい加減な私は今の時代の主婦でラッキーだったよ(しみじみ)。

          1_2

          2_2

             なにせ超昔の記憶、違っていたらすいません。

          3_2

ああぁ、何も煩わし事のなかったあの頃が懐かしいよ~。
お姫様気分になれたふっわふわの布団にくるまれたい…と、
感傷的なのは多分、今朝の夢のせい?

           

「狭い台所、調子のいい友人に乗せられて、水が掛かりながらも
膨大な量のジャガイモの皮を一心不乱に剥いてる私」

            夢の中でも働けってか(泣)

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2010年8月23日 (月)

あの時代の宿題 入魂?

ひえ~、まだまだ暑い日が続いてるぅ~。
一体いつになったら涼しくなるのやら。

ところで今の小学校はそろそろ2学期が始まるの?
以前は確か8月一杯までは夏休みで、だから25日辺りになると
宿題を仕上げるのに大わらわだったけどね。

私達の頃は(相当な昔…)、先生から出された宿題の他に
自由作品というか、何か作っていったと覚えてる。
いわゆる工作とか自由研究とかだったかな?
…何せ記憶が古過ぎて(笑)。

我が小学校では2学期が始まってすぐに、
2000人近くもいた生徒の作品が、何日間か講堂にズラッと展示されるのよ。
驚くほどのアイデア満載の工作作品や、夏休みの思い出の絵。
子供とは思えないほどやけに凝った箱庭(by じいちゃんか?)もあったわね。

今の時代、ホームセンターに行けば、
「夏休み工作セット」みたいなもんが売られてて、
中の材料は、すぐ作れまっせ状態で収められている次第。

でもね、私達の頃はなぁんにも無かったでしょ? ご同輩。
家族に助けてもらいつつ、一から作る(しかない)。
当然、女子だってガンガンのこぎりも引きます、トンカチも叩きます。
ミシンだって踏んじゃいますわよ。

          A

まあ、根がズボラな私は「出しゃいいんでしょっ」状態で、
適当にやっていたけど、いつだったか(中学になってたかなぁ)
「よし、今年は小さなカーテンを縫おう!後で使えるし♪」と
思ったわけね。

縫っただけじゃ能がないから、ここにちょっこし(笑)
花でも刺繍してみんべ~と思ったのが大きな間違い。
あら、ちょっといい感じ♪を通り越して、なぜかこの私が
俄然やる気が出ちゃって、毎日毎日チクチク、チクチク、チクチク。

ハッと我に返った時には薄いカーテン下部にビッシリと花、花。
ご丁寧に金髪(なぜ金髪だったの、私)の少女まで鎮座。

いやぁ、重いは、ぶ厚いはで、なんじゃ、こりゃ!

知ってます?昔のカーテンレールって今と違って、
コイル状の針金みたいなヤツなの。
だからこのカーテン下げれば、当然…

だらしないオッカサンの前掛けみたいにでれ~んと
下がってしまう。

          B

さて、化粧回しか、ステージの緞帳の親戚みたいな
例のカーテンが講堂に置かれてる記憶が全然残ってない。

多分、気恥ずかし過ぎて、記憶から抹殺されたみたい。

さてさて、皆さんは何か渾身の宿題、出しました?

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2008年10月18日 (土)

コタツの決まり

朝晩めっきり寒くなってきたとはいえ 
さすがにコタツを出してる家庭はそう多くはないだろう。
最近の暖房はエアコンが主流になりつつあると思うが、
私が子供の頃は暖房はコタツ、それも練炭だった。

練炭?何それ?って人も増えてきただろうな…coldsweats01
まぁ、面倒だから 説明はさておき、コタツとくればネコだ?

     A

       ↑ 意味が分からない?

   

        ではこれは?  ↓

      B



つまりね、ネコがもぐりこんだコタツは練炭だから
一酸化炭素が発生するのよ。
温かいからと調子にのって ずっと入っていると…、
↑みたいに軽い一酸化炭素中毒で フラフラになって出てくる訳。

     C_2



  そ~しちゃぁ、窓辺でぐったりと風に当たってる…、懲りろよwobbly


ところで実家では迷信もいいとこだけど、その冬の初コタツ?に
厳しい決まりがあった。

それは(多分、似たような家もあると思うが)、
必ずカレンダーをチェックして
「戌の日」ならOK!  (多分犬は外に居てコタツに縁がないから?)


そして重要なのはユメユメ「酉の日」には出さない事!
(鳥は火を蹴散らすイメージ?)

     D


     つまり昔の人はそれほど火の始末に用心深くて、
     戒めの意味もあったと思う。


私はそれをずっと守ってきたのに、嫁ぎ先では全然気にしないので
拍子抜けしたのを覚えてる。
今は電気だから、寒い!と思ったら即コタツ。
こうやって段々と昔の風習や決り事が消えていくんだろうな。
皆さんもずい分と省略してきてる決り事って多いでしょうね?

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  ここと Banatukimi   ここです  Banaaki




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2008年8月27日 (水)

手ぬぐい→浴衣!

真夏の8月というのに このところ毎日小雨が降っていて気温はなんと22~25度sign03
いくら汗かっきだから涼しいのが好きといっても、これだけ天候不順だと
農作物に影響が出やしないか、米は不作になりゃしないかと気がもめる私だ。

しかし今日は久しぶりに太陽が出て、学校のプールに行く子供達のはしゃぎ声が
家の前を通り過ぎていく。

夏はこ~でないとね
happy01


昔はこの地はしょっちゅう夕立があって、雨で洗われたその後は一気に涼しくなり、
クーラーなんかなくても今よりずっと過ごしやすかったけどなぁ。

木や竹で作られた縁台では近所のオヤジが集まって、将棋なんかしてたし、
そんな中で知らず知らずに大人から学んでいった事も多かったと思う。

      A



ところであの頃、まさにエコ浴衣coldsweats01とでも言いたい代物があったんだけど、
知ってる方はいる? (相当な確立で知らない人が多いと思う)。

あの頃は和手ぬぐいなんてどんな家にも結構あったから、
やりくり上手な奥さんはちょいちょいとダンナの風呂上り用に縫いあげたもんだ。
手ぬぐいも浴衣地も同じ幅だし男性の着物は対丈(ついたけ)といって
おはしょり分も要らないから、10本やそこらで作れてしまう。
つまり 元手がかからない、資金ゼロっsign03やないか~い、
    ルネッサァンス~wine(なんのこっちゃい) 


ただし、あちこちに印刷された店の名前bearingがなんともカッコ悪いし、 
それにいかにも経済的!過ぎて、ちょっと引くから、
うちの実家ではさすがに作った事も着た事もないcoldsweats01
まぁ、完全におうち用?

      


             それが、   これ ↓ 

     B_2



どうでしょ?ご存知の方はいらっしゃいます  ?

触発されて「お、これはいい!夫に縫ってあげようheart」という方、
止めてくださいね、ご主人様が泣きます。



前回のパソコントラブルの話、色々と教えて頂き、ありがとうございます。
まったくいつまで経っても覚えられない(覚えない)私ですwobbly

それといつもコメント、ありがとうございます。更新の励みになって
ペンタブ持つ手にも力が入ります(ぎゅっ)。
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いつも勝手言ってごめんなさい、よろしかったら ↓ ポチお願いできますか



       Baru     手ぬぐいとかミソとか…、古っsweat02


   ☆  補足です : 「手ぬぐいの浴衣、
10本(ぽん)もあれば出来る…」
         
10分(ぷん)と間違えやすかったですね(汗)。
    どんな達人でも10分では浴衣は縫えませんcoldsweats01
    10
と書こうかなと思ったけど、ふだん手ぬぐいは 1本と言ってるもので。







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2008年8月10日 (日)

懐かしの化け猫映画


毎日の楽しい時間、お付き合いさせてもらってる皆さん方のブログ訪問heart

その中のお一人 ノラドラさんが かき氷屋のおっさんの
まるで昔の怪談の 油を舐める化け猫みたいなオゾマシイ姿を描いておられた。


何を隠そう?東映時代劇で育った私にはある映画で
いまだに忘れられない恐怖の化け猫シーンがある
(当時の技術だから きっと今見ればチャチな物だろう)。
昔の映画界は夏場は必ず怪談映画の一つや二つは上映したもんだ、
クーラーもない時代、せめてゾゾ~と涼しくなってくれってね(笑)。

この記事は夏場のうちに描いておこうと思ってたので、
ちょうどついでだからアップしておこう。



ある程度」の年令の方ならご存知かしら?

滝沢馬琴によって江戸時代に書かれ、28年かけてsign01全106冊sign03の長編小説

             

     A


     何度か映画化されたり、最近ではテレビでジャニーズの
     タッキーこと滝沢秀明がお正月特番でもやっていたが。

大胆にも大雑把にも、ざざっとまとめれば?
伏姫が持っていた数珠が切れて飛び散った八つの玉を持った剣士達が
運命に招きよせられて出会い、宿敵を倒すという勧善懲悪物で、
大川橋蔵、中村錦之助(萬屋錦之介)、東千代之介…等々
当時の東映映画の時代劇スターが総出演していた。

  (海さんはもちろん、この俳優を知らない人が大部分…、
   いや、知ってる人の方が珍しい?)


かなり小さい頃に見たので殆ど覚えていないのに、
先に話した化け猫のほんの一瞬だけは鮮明に覚えてる。


八剣士達がある田舎の剣道場の道場主の家に招かれて
部屋に通されていると思ってくださいね。
実はその道場主はすでに殺されていて、目の前にいる道場主の正体は
山奥に住む巨大な化け猫がなりすましてるのっcoldsweats02


突然やってきた見知らぬ剣士達に門弟達は怪しんで
道場主と剣士達のやり取りを息を潜めて障子の影で聞いてるの。

     B


     時刻は今まさに日が沈みかかる夕刻…、
     庭に差し込む夕日に門弟達の影が映し出されて、
     八剣士達がハッとそっちを見ると…










     C


         ……なのよぉ!!




どう、怖いでしょ?
えっ? あまり怖くなかったsweat01
むしろ期待外れbearing
   ( ノラドラさんの方のネコが怖さでは上だったかもcoldsweats01

ありゃま、なんかブーイングが…。
違う意味で寒くなっちゃった?



いや~、ほんとはもっともっとおどろおどろしい様子なんんだけど、
描いてて自分が怖くなって?無意識に怖さ半減させたようで、
所詮 素人だと実感ですわ…。


でもまぁ、実際の映像は出さずに一瞬の影だけで
何十年も忘れさせない衝撃を与える…、えらいね、監督!


ところで今日は久しぶりに朝から涼しいです。
化け猫を描いて一服の涼を、と思ったんですけどねsweat02


コメント、嬉しく読ませていただいてます。
いつもながらセンスのいいコメントや、思わずツッコミを入れたくなるコメント、
しかし、ごめんなさい、まだ諸般の事情?で返せません。

必ず、全部読ませてもらい、訪問や応援ポチには伺ってますので、
これからもどうぞ ごひいきにheart

   そうそう、最後にここです 

        Banaedo2



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2008年7月29日 (火)

タライの活用



普段は小さい子がいなくて、じじ、ばばばかりの?我が町内、
夏休みに入ったらお向かいの家の娘さんがまだ小さい男の子二人を連れて
帰省してきたので、静かな町内が一気に賑やかになった。

たまに家の前にビニールプールを出して、兄弟でわぁわぁ言いながら
騒いでる声がなんとも心地よい。


カラフルなビニールプール、息子もよくそうやって遊んだものだが、

     昔の子は… もちろん タライで行水…  

     そう、
タ・ラ・イ coldsweats01 (レトロだね~)




私の住んでたとこは商店街の近くだったし、
年代的にもタライで行水する子もあまり見た記憶もないが(ほんとだよ~)、
夏場、友達のよう子ちゃんちに遊びに行ったら、2,3才?くらいの弟が
お祖母ちゃんが用意したタライで行水してたのは覚えてる。

なぜ、覚えてるかというと、当時まだ珍しかった「バスクリン」が
入った緑色の水だったから。

     A



洗濯機が発明されるまでは大いに使われてたタライだが、
何せ木製…、回りを締めてる 箍(たが)が緩んだり、外れたりすると
その都度直すのが面倒だったらしい。

     B


それならば、とブリキのタライもあったが、「たが」はないから
楽だし、木に比べて軽いし利点も多かったけど、
ガランガランとうるさいのと、なんか殺風景な感じが嫌だったのか
母は使わずに、やがて世の中は洗濯機に移っていった。


         


          その後のブリキのタライの行く末は…



 
        C



   

   ビニールプール派も、あら、うちは自宅プールざます派も…
   よろしかったら ↓ を押して頂けますか?


                   

       Banapoti       若干涼しくなるかも
                           (私の古すぎるギャグで…)



       

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2008年6月 3日 (火)

麦秋限定ガム

この時期、私の町ではほんの少し車を走らせて郊外に出れば、
すぐに黄金色に光る麦畑を見ることが出来る。

さんざん学生時代のテストで間違った人もいるだろう初夏の季語、

           麦秋 (秋かと思っちゃうよね)

私の出身中学は今でこそ官公庁が回りに立ち並んでいるが、
ずっと前は(そう、ずっと前なの…)特に塀もない校庭のすぐそばに
さほど大きくはなかったが、麦畑があったのだ。

そうは手間がかからないから、多分近所のお年寄りがやっていたと思うが、
それも私が三年生になる頃には整地されて、やがて何かの施設が建てられた。

初夏の学校帰り、そこを抜けていく男子が実った麦の穂先を手に取り、
ガムみたいに噛んでいたのを覚えている。

今みたいに飽食の時代でなかった頃、子供は木の実でも何でも、
すぐ口に入れていた(笑)。

私はさすがに生の麦は食べた事ないが、男子なんかは雀と競って?
器用に殻?籾(もみ)?をむいて生のままクチャクチャしていたものだ。

いつだったか主人に聞いたら、確か、かすかに甘く、粘り気があり、
ガムみたいな噛み応えだったという
(という事はあんたも食べてたんだね)。



あの頃はテレビも健全な番組ばかりだったし(笑)、ゲームやコンビニみたいな
溜まり場もないから、子供達はとにかく外で遊んでいた。

でも日本はまだ貧しい部分も沢山抱えていて、
子供ながらもそれは皆承知していた、だから今の子よりも
(遊ぶ事に関しては熱中したけど)早くから現実を知っていたと思う。

総じてある意味、とても大人びてたと言えるだろうな。



1


     やだ、また古い話? 
     麦なんて触った事もないわcatfaceという方も、
     恥ずかしながら食べました…coldsweats01という方も、
     坊主刈りに免じて よろしかったらポチっとお願いね
           

             Banasiku

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2008年4月15日 (火)

校門の外の誘惑

  イラストのあまりのうまさに いつも驚かされてる大豆さんのブログ、

   「凹み主婦のだらだら絵日記」で文中リンクしていただきました♪

  さすが人気ブログhappy01 おかげで沢山のアクセスがあって感謝ですが、
  しかしプロ顔負けの大豆さんが描いた「お子様ロード」
  …うま過ぎます …   同じ題材なだけに照れましたcoldsweats01

  これを機会にもう少し丁寧に描かねばと少し(かいっ!)反省。




   *****************************
  


さて入学式も済み、新入生も新しい学校に慣れてきたと思うけど、
私は今もとまどってます…。

朝のゴミ出しの時に出会う登校する中学生達に。


今までは私がゴミを持っていくのと同じ方向に歩いていったのに、
なんと反対方向に皆向かっていくの。

ええぇっsign02 私…、間違ってる?と一瞬ひるむのだけど…。

A


実はこの4月からうちの中学校は他の2校と統合したのだ。
それでも合計3校合わせても、一学年が120名という少なさ!

位置的に真ん中にあった中学校が使われる事になったが、
その中学校は私の出身中学だわ。


卒業アルバムを見たら、当時 クラス45名 驚愕の クラスsign03
すごかったなぁ、学校中、子供だらけだったのだろうな。



あの頃は学校もあまり細かい事は言わず、
運動会なんかは屋台が校庭に入ってたもんね(笑)。
家族総出で見にきてたから、休憩時間には母親にトコロテンを買ってもらったり、
サイダー飲んだり。
いつの間にかそれが校門の外になり、やがては一切禁止に変わっていった。



たまには普通の日なのに校門の外に子供心をそそる?物を
売ってるオジサンもいたしね。
今の時代、地べたに座り込んで物を売ってる人なんて見かけないよね(笑)。

B


         

         相当な昔なのであやふやな記憶だが…、
          こんな物もあったかなぁ

C

でもこの物売りのおじさんも私がせいぜい2,3年生くらいで
見かけなくなったような気がする。




    私の子供時代、それは日本が経済でも生活面でも
    とても大きな変化をしていく途中だったのだ。

             


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