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2008年6月17日 (火)

♪志を果たして…

父の日で思い出した
どこにしまいこんだか…、もういない父の若い頃の写真。

親友と写真館で撮ったちょっとお洒落した写真。



岐阜の旧家の生まれだったが、三男だったから家督の重圧もなく、
伸び伸びと明るくセピア色になった写真の中で笑っていた。

A_2



やがて、相続の事で色々あり、嫌気がさした父は遺産相続も受けず、
一旗揚げようと単身群馬にやってきたのだった。

先ず、知り合いの会社に勤め、そこを足がかりにして
いつか故郷に錦を飾って帰るのだと言っていたが…。


結局、父はずっと安サラリーマンのままで、結婚の挨拶に母を連れて行った時と
自分の母親のお葬式以外には実家に帰る事はめったになかった。


毎年、秋になると実家から送られてきた大きな富有柿、肉桂(にっき)飴、
幾種類かの名産品を大喜びで食べている子供達を見ながら、
父はどんな思いだったのだろうか。

当時としては近くはないけど、行こうと思えば行けた距離の実家…、
岐阜は父にはとても遠い距離だったのだろう。

       



       ***********************




         
      小さな庭の縁側で父が爪を切ってる音…、

           ぱちん、ぱちん


      小柄だけど、爪はとても硬いしっかりした爪で
       私にはその音が安心できる音に聞こえた。


           ぱちん、ぱちん
                     ぱちん、ぱちん


B_2

     



      小学唱歌の「故郷…ふるさと」 この三番の歌詞を
      口にすると父を思い出す。



       ♪志(こころざし)を果たして いつの日にか帰らん
       山は青きふるさと……




          父の思い出はなぜかいつも切ない


                        
                        
しんみりさせてごめんなさい。          
                        
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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

うわぁ~一番乗りだわ♪

お父様の思い出…
胸がキュンとなりました
どこか私の父と重なる所もあって胸が熱くなりました

娘って隠れファザコンのところがあるのでしょうか
亡くなってから特に 
父の事が本当に好きだったんだなぁ~
って思います lovely

投稿: ちゃこママ | 2008年6月17日 (火) 00時29分

じゃあ、バルおばさんは、父方のご親戚とは親交がなかったんですね。
お父上の故郷”岐阜”。
バルおばさんは、偶然でも何でも、行かれたことがありますか?
なければ、行ってみたいものですか?

ワタシのブログに、こちらをリンクさせていただきました。
今後ともヨロシクお願いします。

投稿: あずき | 2008年6月17日 (火) 01時45分

バルさん、私もしんみり・・・・weep
 バルさん、お父さまの思いでは、私の思い出でも有ります。
重なるところが多くて・・・
爪を切る音も・・・同じです
 私も父の日に思い出していました。
亡くなって、30年以上も経つとなく亡くなった日の記憶は薄れてきますが、
思い出は消えませんね。
 そして、病弱だった父に「もっと優しくしてあげれば良かった」と
後悔します。
 誰よりも愛してくれた父だったのに。
これも自分が歳を重ねたからか・・・・
 バルさん、優しい仄々とした気持になりました。
有難うheart

投稿: コスモス | 2008年6月17日 (火) 05時10分

バルおばさんのお父さんにとってご実家は心のふるさと。
長い間ご家族と歴史を積み重ねた群馬は第二のふるさと。
年齢を経るといろいろ気兼ねなどもあって、特に男の方は帰省しにくくなるでしょうが、
頻繁に帰らずとも、心の中にはいつも幼い頃の風景があったと思いますよ。
バルおばさんが、もう会えないお父さんとの思い出を、
こうやってしみじみと思い出すように。

投稿: よよよ姐サン | 2008年6月17日 (火) 10時39分

こんにちはー。
私たちの親の世代にとってふるさとはとても大きな存在なのかもしれません。
わたしの両親の実家は山形ですが
両親ともいつも自分の実家を心にとどめておいたようです。
そしてわたしの心のふるさとは…
パソコンかも…。笑

投稿: penpen | 2008年6月17日 (火) 15時22分

    >ちゃこママさま
隠れファザコンcoldsweats01 確かに。
母の事はあっけらかんとした思い出ですが、
寡黙だった父の思い出はどうも、情が入って(笑)。

投稿: バルおばさん | 2008年6月17日 (火) 18時06分

    >あずきさま
すいません、言葉が足りなくて少し記事に補足しておきました。
実家では父に気を遣って盆暮には色々送ってくれてましたが、代が変わればどうしても疎遠になってしまいますよね。
私は一度だけ行って、大きな家の中で父の思い出を
捜しました(もちろん、なぁんにもありませんでした)

投稿: バルおばさん | 2008年6月17日 (火) 18時13分

    >コスモスさま
そうですか、似たような思い出をお持ちなんですね。
昔の父親は大分、今の男性とは違うかも。
コスモスさんのお母様やお父様の思い出は京都の
雰囲気とマッチしてて、いつも映画みたいにすてきです。

投稿: バルおばさん | 2008年6月17日 (火) 18時16分

    >よよよ姐サンさま
色々複雑な思いがあってなかなか帰れなかったのでしょうが、若い頃の思い出は時々楽しそうに話してくれました。結局私も父の夢を叶えてやれず、一緒に
凱旋出来ませんでした、とほほsweat02

投稿: バルおばさん | 2008年6月17日 (火) 18時24分

   >penpenさま
私は歩いて10分のとこから嫁いできたのでcoldsweats01望郷の思いなんてないけど、
父は格別だったようです。
父親っ子の私は父の岐阜訛りさえまだ覚えてます。

投稿: バルおばさん | 2008年6月17日 (火) 18時27分

 今日は父の月命日
 座りすぎて 右足の甲がおかしく 初めて 父の残した膏薬!張りました。だいぶ いいです。
 お父様 地元に 帰りたかったのでしょうね。
 でも  今住んでるところが地元。
 うちも 似たかよったか です。
 
 

投稿: 小紋 | 2008年6月17日 (火) 19時22分

 元気が出るように 気合いをいれて
ぽちっときました!!

投稿: がぱちん | 2008年6月17日 (火) 19時24分

    >小紋さま
故郷よりも群馬の暮らしの方が遙かに長くなりましたからね。しかし今思うと、もっと色々聞いておけば
よかったと思います(ブログネタとか)、色々な
面でcoldsweats01

投稿: バルおばさん | 2008年6月17日 (火) 20時57分

    >がぱちんさま
あいよっsign03 若いがぱちゃんに気合入れてもらって(元気ですか~っsign02)ファイトォ・いっぱ~つsign03です。

投稿: バルおばさん | 2008年6月17日 (火) 20時59分

ん~、セピア色の良い思い出があっていいですねhappy01
岐阜は愛知の上up
いっぺんよりゃ~せsoon
私も母親の思い出が欲しいです・・
無理ですがcoldsweats01

投稿: 海 | 2008年6月17日 (火) 22時41分

父との思い出は切なく…。
亡き父も理由はちがえど、長男でありながら家をでたため、親戚とは縁を切ったか、切られたか…。
ガンの末期だとわかったとき、大叔父に会いに行き、細々と関係が修復していきました。

バルさんの記事を読んで、ふと思い出に浸らせていただきました。
モノクロの写真を今度出して見ようかなぁ。

投稿: ねこおばさん | 2008年6月17日 (火) 22時49分

ああっ、ゆっくり見たい!
あと5分、取り急ぎ今日の応援!

投稿: きんとと | 2008年6月17日 (火) 23時51分

私の父も静岡からひとり離れて今の土地で
みかん箱1個から生き抜いてきたので
バルさんの記事を読んで父とふるさとに思いが巡りました。
ともに店を興してきた母を失うと同時に
自分の声も失いその店から離れ16年、
長い孤独の中を生きています。
志を果たしたと思う父や志を果たせずふるさとに
戻った私、いま志を持ってふるさと離れ学ぶ娘、
それぞれの人生です。
唱歌「故郷」は子供のころは感じなかったのに
今読み直すと胸が熱くなりますね。

投稿: ふたば | 2008年6月18日 (水) 06時22分

おはよう~、何時も読み逃げ~~の私です、
疲れた時に楽しいイラストと物語を見ますと、
癒されます、
セピア色の写真と旧家の重圧、解ります、、
実家から送られる柿と、ニッキお父様には故郷を
思い出す、懐かしい思い出でしょうね、
ニッキ私も良く、齧りました、
父も縁側で同じ姿で爪を切ってたわ、懐かしいです、
夏は縁側が、素敵な場所で花火、スイカも縁側で
食べて、種を庭に飛ばしたわ

投稿: mitirin | 2008年6月18日 (水) 07時46分

お父さんのことを懐かしく思い出されたのですね
きっとお父さんも思い出してもらって喜んでおられると思います
私は亡き母の事は、よく思い出すのですが父の事は、あまり思い出さないのよね
(父は早くに亡くなったせいかもしれません)
バルさんのお蔭で父の事を懐かしく思い出しました(^^)

投稿: ななうさ | 2008年6月18日 (水) 08時55分

私の父と、すこしにたところがあり、もうだいぶ前に亡くなりました、父を思いながら・・・
私の父も、晩年は静かに、一人で、縁側で、つめを切っていたのを思い出しました。

もっと、優しくしてあげればよかったと、すこし、後悔!!!

まあ~父も、元気な時は、好きなことしてましたので、私がたぶん、一番良く似ているのだろう、と、いう事は・・・
晩年は寂しい事を覚悟しなくては、なのだな~~~

投稿: ちょごり | 2008年6月18日 (水) 12時25分

バルおばさんの、ご尊父への想い、ひしひしと伝わってきました。
さて、私事で恐縮ですが、昨夜偶然父の夢を見ました。死んだ人は夢では喋らないと、よく言いますが、昨夜の父は話しました。ただ、それが何だったか分からないのが、夢の夢たる由縁でしょうか。明けた今日は、父の月命日です。毎朝、仏壇にお茶とお水をあげますが、今朝は、過去帳を開け、掻き餅を焼いて供えました。厳格な父でした。1941年12月8日、病床の父に「お父ちゃん、アメリカと戦争が始まったよ」と知らせに行ったことを思い出します。
先日の父の日は何も届かなかったのですが、今日、四国の長女から父の日メッセージが届きました。何も来ないだろうと思っていた私でしたが、サンキュー・メールを送りました。向田邦子の「父の詫び状」を思い出しながら。

投稿: アスカパパ | 2008年6月18日 (水) 14時52分

こちらに来るみなさんはお父様に
心温まる思い出をお持ちなのですね。
みなさんのコメントを読みながら
胸を熱くしてました。
時は出来事を美しく変えてくれますね。

投稿: penpen | 2008年6月18日 (水) 15時14分

バルおばさん 今晩は。
実家の父は86歳でとても元気ですrockshine
近所に住んでいるのでいつでも様子を見に行けます。
親も子も幸せですね。

確かに父親の爪って固いですね!
手もごつくって大きくて・・・働き者の手です。

投稿: チーちゃん | 2008年6月18日 (水) 20時29分

パルおばさん、こんばんは。
お父様の思い出話、ジーンと伝わってきます。
縁側で爪を切るお父様と子供のパルおばさんとの絵が雰囲気を伝えてくれます。絵が本当にお上手ですね。うらやましい。
リンクしてくださり、ありがとうございます。

投稿: moka | 2008年6月18日 (水) 21時34分

バルさんに寄せられるコメントにも
キュンとさせられます。

リンクまで、本当にありがとうございました。
…長いので適当にはしょっちゃって下さい。(本当)

投稿: きんとと | 2008年6月18日 (水) 22時46分

バルさん、こんばんは
リンクありがとうございます!!!lovely
今日は寝ないで、来ましたよ~happy01
この歌、本気で歌って何度、泣いた事か。
女房の実家の先祖は、同じく岐阜です。
以外に知り合いだったりしてね~happy02
これからもよろしくお願いします♪

投稿: kon25 | 2008年6月18日 (水) 22時54分

ツメを切っているオヤジというのは、どの家でも一つの映画のシーンですね。

コェー親父でしたが、こういうときのオヤジというのは、不思議に話しかけても怒らないもんでした。

ニッキ玉で有名な郡上八幡は私の家から車で1時間ほどです。誰か書いていましたが、いっぺんよりゃーせ。

投稿: スタンリー | 2008年6月18日 (水) 23時17分

    >海さま
そうだ、お隣だったなも。
思い出は海さんが作ればいいのよ。いつか結婚したら
お子さんが両親の思い出を覚えていくのよ。

投稿: バルおばさん | 2008年6月18日 (水) 23時42分

   > ねこおばさんさま
つらいね、親の事って自分が若い時ってよく分からないでしょ?後になって色々思うのだけど、多分これって誰でもそう。きっと順繰りにいくものなのね。

投稿: バルおばさん | 2008年6月18日 (水) 23時45分

    >きんととさま
ふふ、いつもお忙しいきんととさん。コメレス、お気になさらないでくださいね。

投稿: バルおばさん | 2008年6月18日 (水) 23時46分

    >ふたばさま
ふたばさんも色んな経験を経てきてるのね。
一生懸命生きてきたら、それで良しとしなければね。
私は…、志という程大きな夢は持ってなかったです、
それもちょっと味気なかったかな。

投稿: バルおばさん | 2008年6月18日 (水) 23時50分

    >mitirinさま
実家からの届き物で父は故郷を感じていたのでしょう。私が誘っても行かなかったですね、親がいないと行きづらかったのでしょう。あの年代の男は頑固だしね。

投稿: バルおばさん | 2008年6月18日 (水) 23時54分

    >ななうささま
私の年代でもまだご両親が健在な方は羨ましいと思いますが、それも決まってる事であれば仕方ないですね。
私ってお父さんっ子だったから(笑)、余計父の事を
覚えてるんでしょうね。

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時01分

   >ちょごりさま
子供って皆後悔するもんかも。
お父様と似てらした?私も父と考え方は似てましたね、大分影響されたと思います(笑)。

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時03分

   >アスカパパさま
そういえば夢の中の人って話さないかも…。
アスカパパさまのきちんとなさってる様子からもお父様が厳格な方だったと分かります。
お嬢様は四国にお住いですか、うちも娘はやがてどこに住むのだろうか。

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時06分

   >penpenさま
ああもしてやればよかった…との思いと当時は理解出来なかった思いが自分が親になってみて分かるのでしょうね。
ほんといつも皆さんのコメントは映画のように素晴らしい。私は映画好きだから、つい情景を思い浮かべてしまいます。

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時09分

       >チーちゃんさま
わぁ、ひ孫がいるお父様なんだhappy01
いいですねぇ、私もいつか孫にまだいるのsign02と言われるくらい長生きしてやる!

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時12分

    >mokaさま
絵はほんとド素人で恥ずかしいです。
こちらこそリンク頂いておいて、遅くなしました。

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時15分

   >きんととさま
ふふ、はい。はしょりましたcoldsweats01

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時16分

   >kon25さま
こちらこそリンクして頂いていて。
ふるさと…、こういう歌を今の子達は歌っていきますかね、ちょっと心配。
奥様の親戚は岐阜…、あら、あらheart

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時19分

   >スタンリーさま
郡上八幡は父の従兄弟がいて夏祭りには毎年行ってたそうです。
結構近場にみなさん、いますねcoldsweats01

投稿: バルおばさん | 2008年6月19日 (木) 00時21分

こんにちは!
故郷は遠きにありて思うもの。。。。
お父様、どんな思いで柿を見ていたのでしょうね・・・
岐阜県からしたら、やはり群馬県は遠いと思えてしまいます。
応援、ポチです!!

投稿: サユサユ | 2008年6月21日 (土) 16時58分

     >サユサユさま
有難うございます。
新幹線なんて」なかった時代でしたからね(笑)。
やはり親がいなくなると行きづらかったろうし、
まぁ色々あったのでしょう。応援ありがとうございます。

投稿: バルおばさん | 2008年6月21日 (土) 21時12分

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