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2008年2月27日 (水)

母のちらし寿司

今年の冬は例年よりも寒いように思えるし、
最近などは「空っ風王国?」で育った私でさえ驚くほどの強風が
吹きまくる日も多い。


しかしそうこうしてるうちに後3日もすれば弥生三月、春ですわ、
(月日の流れの早さに今更だけど、おばさんはビックリ)。


三月といえばひな祭り、一般的には三月三日だけど、
群馬の私の地域では旧暦の四月に行う。
世間がすっかり忘れた頃に、これってどうなんだろうかね?


実家は娘三人だったので、質素ながらごく普通のおひな様があったが、
それとは別に「相当古い三対の立ち雛」があった。



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母の実家は戦前まで横浜で貿易商をやっていたが、母を入れて
娘がなんと5人!立派な段飾りのおひな様があるにはあったが、
まさか一人づつには揃えるはずもなく、折にふれて小さな立ち雛を
夫々の遊び道具として買い与えていたそうだ。

ちなみに母とその姉は大正生まれだ(って大正なんて知ってるかいな?)

H

それらを結婚する時に持ってきて、また同じように私らに与えた訳だが、
さすがに私の時代はそんなもんで遊ばないし、
ミルク飲み人形あったし…
小鳩くるみ人形でも遊んだよ…、(ふっ、古っ~!!)


なにせ薄汚れてたけど、一応思い出にという事で
私の結婚の時にタンスの引き出しに入れて一緒に来たけど、
殆ど引きこもり状態(笑)。  …ごめんね!

   そこで罪ほろぼしにここで公開しちゃうけど、
   見ます? 

   はっきり言って
「相当うす汚れてます雛」です。

Photo_3

  ( う~ん、ぼかしたつもりでもやっぱり大正の匂いだわ…)


さて、いつもはここらで終わっちゃう短文モットー?の私だが、
今回はもう少し話させて。





ノンキだし、経済観念なかったし、いわゆるしっかり者ではなかった母だが、
お料理だけは上手だったのよ(私には遺伝しなかったね…)。

いつも節目節目には質素ながらそれにちなんだ食事をそろえてくれたが、
嬉しいのはおひな様の時の
いつもより豪華なちらし寿司とハマグリのお吸い物。


午前中から準備してレンコンは白く、さや人参は色鮮やかに、
シイタケや乾瓢はしっかりと味をつけて、それらを私好みの
酸っぱさのキツクない酢飯に混ぜて、
上にほそ~く切った錦糸卵、ピンクのそぼろ
自慢げにそっくり返ってる海老
最後に海苔をパラパラっとかけて出来上がり♪


しかし、しかしだよ! こんな思い出多いちらし寿司を
私は結婚してからたった一度しか作ってない。
(どっちみち主人がちらし寿司は好きじゃない事もあるけど)。


  何故でしょうか? (多分殆どの人が思った答えは…)
                               
           「面倒だから」
   
    うん、近い!(ていうか当たりかも)



実は…、些細な理由なんだけどぉ…、シャクにさわった事があるんですぅ。

(あぁ、なんか長くなりそうだわ…、いつもの短文に慣れてる方には
謝っておいちゃおう、もうちょっとお付き合いを)



結婚して間もない頃、以前にも登場した親友のトミーと一緒に彼女の家で
ちらし寿司を作ったことがあるんだわ。

その頃の私は嫁ぎ先の仕事と、食事療法をやってる姑の世話、
家事とで忙しくて、でもお節句にはちらし寿司を作りたかったのね。

トミーも子育て真っ最中で、ならば二人で分担して作ろうという事に。

日曜をつかい、ふだんのストレスから開放されて、
まぁ楽しかったのなんのって。まだ覚えてるくらいよ。

当時まだ元気だった母に電話で味付けを聞きながら
出来たのよ、会心のちらし寿司とお吸い物!!

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で、それを持って意気揚々と家に帰ったと、
思ってやってくださいな、あ~た。
そして超ごきげんで舅、姑、夫に出したと思ってやってくださいな。


もうワクワクよ、きっと普段無口な姑もこれなら喜んでくれるわってね。


……ところが、見るなりこう言ったのよ、あのば~さま 姑さま。


    「これはちらしじゃない…」 

「へっ?これはちらしですよ、お義母さん」

    「これは、間違ってるよ」

「…?いや、ちらしですけど」
     

つまり姑の言うのは、確か私もどこかで食べた事のある
全ての食材を一緒に煮ちゃって酢飯に混ぜてから紅生姜や海苔を
乗せるってタイプのちらしなんだわ。

…でもそれって「混ぜご飯」とも言わないかい?

J


   そんなの茶色いし、貧相だし…。

婿取りの姑はいくらも食べないで部屋に行っちゃうし、
婿のじ~さまは何も言えずに黙ってるだけ、
夫は「ちらしは好きじゃないんだなぁ」なんてぶっこいてるし…。

私、みんな一杯食べると思って3合も作っちゃったんだから。
おひつにど・ど~んと残ってる3合のめし、どうしてくれんのよ!?




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で結局、車で実家に持っていったんだけど、納得いかない私に
「まぁ、後から行った人間が折れるしかないわね」と
パクパク食べてた母(おいっ!少しは一緒に怒ってくれよ)

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結局、その後は忙しい私に代わって母の持ってきてくれるちらしが
私の子供達にとって母ならぬババの味になりました。

そして「夫が食べぬ」をいい事にそれ以来ちらしを作ってない私だけど、
時々あの美味しさを懐かしむと共に、
ちょっぴりのくやしさを思い出すんですわ、今だに(笑)。





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2008年2月19日 (火)

関白 痛恨のミス

   
   前回のブログ一周年の記事には沢山のコメントありがとうございました。
      すごく力を頂き、くたびれたおばさんにパワーを与えてもらいました。
   そこで2年目からは…!  
               やはりまったりと…(なんじゃい!?)




       
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うちの主人はご存知の方もいると思うが、前世はカブト虫だ。
おまけに亭主関白でもあるという特異体質?

年代的にも妻には弱みを見せないというタイプだから扱いが面倒
(だから、ブログでこっそりおちょくってるけどね)。



さて今日のこと、お昼休みに新聞を読んでいた夫、ついウトウトと…。

そこで近くの電話が鳴り、受話器をとると仕事の用件だったので、
少し話した後、改めて新聞を読もうとテーブルの上にあった
メガネを手に取った カブト夫…、

          (…あっちゃぁ~!)

     声にならない声を私は聞いたね。




だって別なメガネかけたままウトウトしてたんだもん。
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まるでコテコテの下手なお笑い芸人もいいとこ、
オマエ、こんな芸では一生売れないね、だわ。

あまりに陳腐な状況に本人、一人で超恥ずかしがってた、ふふふ。


まっ、私はいい妻だから(そうよっ)、何のツッコミも入れず
上から目線で?眺めていたけど、
しかし人のふり見て我がふり直せだからね、
私も気をつけないとアブナイかも。


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2008年2月14日 (木)

ありゃまの一周年♪

今日はバレンタイン・デーだけど、うちのカブト 夫はチョコなら果物くれっ!だし、
世間の華やぎから外れてる夫婦です…。


でも別にロマンティックな事じゃないけど今年は私にとっては少し と・く・べ・つ♪

それは…、このブログのちょうど一周年なんです~!
(ていうか、忘れない為にわざわざこの日から始めたんだけどね)。



夫に隠れ?仕事の息抜きに始めたブログだけど、
平凡なおばさんにネットを通じて見知らぬお仲間が増えるなんて想像もしてなかったし、
幾つになっても新しい事はエキサイティングです。


ブログをやってたせいか、あっという間に過ぎた一年だった。


しかし一年て誰でも同じ単位なのに、その時によって長さが
違うふうに思えるっておかしいね?




例えば生後一年間の赤ちゃんの時間の濃縮度といったらないだろう。
何一つ自分で出来ないたかだか3キロくらいの子がやがて歩き、手を使い、
そして人と話せるようになる…、ほとんどの事がこの一年で出来るのよ。
ほんとすごい進歩だ。
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そして中学生くらいになる頃、これも大きな変化の年だよね。

近所の小さくて可愛かった坊やがなんか顔立ちも子供から少年に変わっていって、
びっくりする時もある。


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更に恋をしてる時なんて夢のように濃厚な一年なんだろうな(と想像)。

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こうして同じ365日がその年代や状況で違う風に感じられる。



もっとちゃんと構築された文を読みたい方は…
          こちら→望さんの時間についての論文です。



今現在の私の時間の尺度は…、
たいした事も起きず、平凡に過ぎてるかな…、まっ、いい事だわ。



一周年記念に素顔でも載せようかとも思ったけど、
あまりにインパクトのない顔だからブログ的には面白くないので却下。

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せっかく知り合えたこのご縁を大切に、まったりながらも
続けていきますので、これからも どうぞよろしくお願いします。

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2008年2月 9日 (土)

あの頃の闇

私の家は県道から一本路地を入った所だが、幸いにも車もあまり通らず、
回りも民家ばかりで夜などはかなり静かになる。

それでもやはり何となく車の騒音は時折聞こえるし、
家の中でもエアコンやらの音は出てるので真の静けさというのは無い。


今の若い人は感じがつかめないかも知れないが、
私の子供の頃は(ず~っとず~っと昔ね)、
どこにでもし~んと静まり返った場所、深い闇というのがあった。


空き地、路地はもちろんの事、街灯などあまり無い時代だから
自分の家の庭でさえ片隅にはとろんとした闇がみえたのだ。

家の中も電球もそんなには明るくなく、階段に付けられた電球は
割と暗めだった(うちだけかもしれないけどね)ので、
一人で上に行く時なんかたまに怖い気がしたわ。

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冬の寒い夜なんか空気がキンと澄んでいっそう静かさが感じられる。




そういえばある冬の晩、たまたま母親と二人で茶の間で本を読んでいた時かな?
家の前の路地をカランコロンと下駄の音。

あの時代は、結婚してる女性は改まった席なんかは結構
着物で出かける人もいたので、多分なんかの集まりの帰りなのかな?と
漠然と思っていたら…

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        「プッ」   そして止まった  「からんころん」




   一瞬の静寂…、気を取り直したかのように?再びの「からんこらん」


          そして同時の  「プッ」



  ああ、こりゃもうついでだ!どうせ回りは真っ暗だっ!

と思ったかどうか勢いづいて後は「プッ」「からんころん」のコラボ?


もうもう(笑)をこらえるのに母娘は大変でしたわ、あ~た。
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一体どこのどいつ、いやいや、どちらのどなたかいな?

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  それ以来の教訓(て…あんた)

もし一度「プッ」となってもゆめゆめ  連続ワザを披露するべからず。
どんなに暗くても壁に耳あり、障子に目あり、
聞き耳立ててる親子あり。

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2008年2月 2日 (土)

どんつくどんどんつく

…あらっ、もう2月だわ(お~、こわ)


節分もすぐだけど、この時期になると思い出すリズム…

どんつくどんどんつく  どんつくどんどんつく
   どんつくどんどんつく   どんつくどんどんつく
        どんつくどんどんつく   どんつくどんどんつく
 どんつくどんど
…(ああっ、キリがない!)

   となんともリズミカルな太鼓の音。




今となってはほとんどみられなくなった行事だが、
(実家は日蓮宗だったので)私が小さい頃には節分の少し前から
毎晩(だったかなぁ…、ありゃまっ、すっかり忘れてる)宗徒さんの何人かで
太鼓を叩きながらお題目を唱えて檀家を回るんだわ。

当時の寒さは半端じゃなかったから、大変だったと思うけど
迎えるこっちもたとえ食事中だろうが、遠くから太鼓の音が聞こえてきたら
慌てて玄関で一家総出で正座して有難く拝聴(と言うのかな?)。

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信心深かった父はきちんと聴いていたが、
なんとも賑やかなあの太鼓には幼い私も少し近所に
気恥ずかしい思いでいたのを覚えている。




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日本がまだまだ信仰心が厚くて、家長が家をまとめていた、そんな時代の思い出 。

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