« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月27日 (木)

達観斎バル


早いものでもうあと5日で新しい年です。


毎年、元旦には「よ~し、今年こそ何かいい事が起きるかも♪」とか
「今年こそ頑張ろう!」とか思うのに、結局いつも何も起きないまま
あっという間に大晦日…。

しかも50才を過ぎてからは、このあっという間更なるあっという間。
やれやれ、これでは子供にお説教出来ないぜ…



しかしまぁ、この混沌とした世の中で
大過なく一年が過ごせたという事は、ある意味とても有難い事でもある。



不景気だけども、とりあえずは三度の温かいご飯が食べられて
狭いながらも寒さをしのげる家に住み、子供達は自立してて
くたびれた?夫婦だけど助け合って生きている…、
不安定な世の中で、平凡な一年というのは幸せなことなんだわ。

…と、思いましょう。
200712261_4




今年は生まれて初めて海外でお正月を過ごすことになったが、
私の子供の頃は そんな人なんて回りにはいなかったわ。


まだまだ古いしきたりや風習が残っていたあの頃、
お正月は家族にとって実に一大イベントだったのだ。



子供達も皆お手伝いをして、とりわけ私は父の障子張りの手伝いが好きだった。
昼間のうちに古い障子紙をバリバリとはがし(大体これは子供の役)、
障子の桟が乾いたら、今度は夜に真新しい障子紙をピンと張る。
こうしていくうちに新しい年を迎えるという高揚感のようなものを感じたものだ。

200712262_2

そして今の若い人達には「うっそ~!信じられない」と言われるだろうが、
あの頃の主婦はお正月ともなれば着物を着る人も多く、
全ての家事を済ませてから、大晦日に美容院に行ったりしたのだ。
当然、すごく混むので仕上がりが夜遅くになってしまい、
しんとした通りを急いで帰宅する女性の下駄の音がカラコロと響いたりして、
それもまた大晦日の風景でもあった。



明けて新年、街は着飾ったお年始の人で賑わう。
お正月は「晴れの日」だから、その日の為に新しい服を用意したもので
今みたいに普段着感覚ではなかったのだ。

200712263




    жжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжж





  さてさて、この一年、素人おばさんのお絵かきにお付き合い頂き、
  本当に有難うございました。

同感やらお褒めの言葉やらを頂いたり(私、誉められると伸びるタイプです)、
またびっくりするくらいのユーモアあふれるコメント、
心打たれるコメント等、私自身とても楽しい経験をさせてもらいました。
今月はコメレスは失礼させてもらってますが、どうぞ
来年もよろしくお願いします。

では皆さま、少し早めですが…

      よいお年を!

| コメント (36)

2007年12月24日 (月)

12月のゴールデン・ウイーク


    ご無沙汰してます。

   多忙にかこつけて12月はコメレスお休みしてるにも拘わらず
   沢山のコメント、ありがとうございます。

   金田さんシリーズへの励まし、お褒めの言葉…、
   最近とんと誉められる事のない私にはすごく嬉しいことです。
   ブログでなければ味わえない?醍醐味ですね。

   頂いたコメントは次への励みになります。

   まったり更新もいいとこの私ですが、どうかよろしく♪


   

    жжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжж




さて、12月は何かと気ぜわしい。

仕事に加えて大掃除、これが工場とたいして広くもない家の両方。
楽したい私は 子供達の小さい頃から掃除の手伝いはさせていて、
彼等が東京に住むようになってからも暮には帰ってきて
掃除をしてもらっていたが、今年はそうはいかない。

娘のこぶこは遠くボン・ジュールの国だし、私も暮にはそこに行くので
今から(手を抜きながらも)せっせとやっている。

200712231





ところで暮といえば我が家のお気楽息子には、
春のゴールデン・ウイークが暮にもあった。



        「彼の誕生日は12月29日」


つまり24日にクリスマスプレゼントを貰い、すぐの29日には誕生日、
そしてあっと言う間のお年玉と。

これこそまさに黄金週間ではないか。

200712232


さすがにこれでは親の健康上?良くないし、子供にも如何なもんかと思うので
うちではクリスマスはごくごく質素にしておいた。



「サンタさんは世界中の子にプレゼントするから、
お金のやりくりが大変なのよ。だから高い物は配れないの」と
世の親がよく使う言い逃れ?

だから娘もとばっちりを受けて(ありゃま)、かなり地味目な物だった。





ある時、ちょうどクリスマスの2,3日前に息子のご飯茶碗が欠けた事があった。


クリスマスの朝、枕元の包みを大喜びで開けた彼の手には…、
真新しいお茶碗とお箸。

200712233_2 


「あらぁ、サンタさんてすごい!
なんで欲しい物がちゃんと分かるんだろう、さすがだわ」


得意満面の母のそばで、なんとも微妙な顔つきの息子(笑)。



「お母さん、ボク、クリスマスはお茶碗じゃない物が欲しかったよ」

まっ、まぁね(汗!)

考えてみれば夢がなかったね。息子よ、許せっ(って時効だね、へへ)。



   

| コメント (22)

2007年12月 6日 (木)

金田さんの初恋、最終回




智ちゃんはオレを見てどこかに置いてきてしまった昔を思い出してくれるのか、
…荘次は胸がつまるような思いで部屋の奥を目で探した。


柔らかい光が差す室内にその人は立っていた。

荘次の心のずっと奥にしまわれていた幼い頃の切ない思い出。

51





「…こんにちは」
緊張で少しかすれた声の荘次に彼女は答えた。





「こんにちは…


…どちらの方でしょうか?」




ふうっと肩を落とした荘次の後ろから麻子がさりげなく言った。

「植木職人の金田さんよ。今日は庭の手入れに来てくれたの」



ああ、そうなのと納得した智子に向かい、
かすかにうるんだ目で荘次は「これからも時々伺います。
どうぞ、ご注文があったら言ってください」としか言えなかった。




それからは折にふれ、荘次は智子の家の庭の手入れに行ったが、
記憶が不確かな事に心がふさいであまり外出もせず、
家で小学生の孫娘の相手をしてる智子を見るのはつらかった。


しかしいたずらに心を傷つけない為に
以前の事を話さないように荘次は注意して
智子にとってはただの植木職人のままで見守っていた。

52


まもなく冬になり、やがて桜が咲いて、散って、青葉が濃い緑に変わり、
暑い日ざしもいつか秋の気配が感じられるようになり、
荘次がここに来てから1年近くが経っていた。






穏やかな秋の日曜の午後、家の近くの店先においしそうな柿を見つけた荘次は
ふとそれを買って、麻子の家を訪ねた。

53


親子の笑顔を見ながら、無口な彼は挨拶もそこそこに帰ろうとしていたが、
孫の笑い声につられて庭先に智子が降りてきたらしいのを背中で感じた。



「はい、おばぁちゃん」と孫から渡された朱色のずっしりと重い柿。



頬に当たる爽やかな秋の風の匂い、
手の平から伝わるこの重さ、冷たさ。
遠い昔に絶対知ってたこの色。






庭先に何か暖かい空気が流れ、少しづつ皆の表情が変わっていき、
麻子はじっと母親の顔を見つめていた。




………、
54






ぽたっと涙を落とした智子の目の先には、
かって繰り返し見ていた写真の中の少年、
今はすっかり白髪が増えてまぶしそうにこっちを見ている
懐かしい顔があった。

55

                         おしまい…




          жжжжжжжжжжжжжжжжжжжж



    ふう~、50年を一気に駆け抜けました(笑)
    意外と長く引っ張ってしまって、皆さん、すみません!


    これで年末の仕事に向けて頑張れます(本業ですから)。

    ちょこちょこ訪問はしますが、更新は例によってまったり系?です。











| コメント (35)

2007年12月 1日 (土)

金田さん、その9



「母の小学校の同級生だった金田さんですね…。
まさか今、ここでお会いするなんて」

麻子は信じられないという風に首を振った。


「なぜ、オレ…、私を知ってるんだい?」


「母がよくあなたと撮った昔の写真を見せてくれたんです。
一番楽しかった子供時代よって…
全然変わってないので分かりました。」

「…」

「母に言わせると小さい頃は転校ばかりで内気な子供だったらしいですね。
だから山や川で遊んだり、同級生とも仲良くなれた群馬にいた時が
一番楽しかったそうです。それもみな、あなたのお陰だとよく言ってました」


荘次の胸の中にはあの時のモノクロの写真と
まだ残っていた少しばかりの後悔が甦ってきた。


驚きで黙っている荘次に麻子は話を続けた。


「実は私が高校生で弟もまだ中学に入ったばかりの時に
父が亡くなったんです。

いつも控えめで父に頼りきってた母でしたが、それからは
私達にちゃんとした教育を受けさせる為に
外に出ていってがむしゃらに働いてくれたんです。
あの大人しかった母のどこに
そんな気力があったのだろうと思ったほど頑張ってました。

忙しいので夕食の後くらいしか母と話す時間がなくて、
私と弟は競って学校のことなんかを話しましたが、そんな時によく母は
金田さんのいたずら話なんかをそれは楽しそうに話してました」。

301



「それで今は智子さんはどうしてるのかい?」

思いがけない智子の苦労にやっと言葉が出た荘次だったが、
麻子の顔は悲しそうな表情に変わった。



   

     ……麻子が結婚してから智子は息子と暮らしていたが、
     この春、彼が転勤になったのを機に麻子の家族と
     同居することになったという事だった。

    麻子の夫に気兼ねする智子を説き伏せて、まもなく
    引っ越というある日、信号無視で突っ込んできた車に
    智子ははねられてしまった。


    
    幸い、怪我はたいしたことなかったが、その事故のショックからか
    智子の記憶が一部、特に幼少時があいまいになってしまった…。
    医師によると検査上は異常もないし、多分一過性のものだろうから
    時間がたてば戻るのではないか、という話だった。



    「ただ…」 と医師が付け加えたことは
    「どの程度の時間かは分かりません。すぐかもしれないし、
         結構かかるかもしれない。
    それが長引くようなら若くはないし、あるいはそのままの
    状態になってしまう事も承知しておいてください」



「母の大切な子供時代が忘れられてしまうかもしれない…、
私はどう母に話せばいいのだろうと思いながら
病室に行きました。そこで不安げに窓辺に立ってる母を見て
なんとしてでも記憶が元に戻るようにしてあげたいと思ったのです」

302_2


麻子はしっかりと荘次を見据えて言った。

「金田さん、母に会ってください!」



жжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжж

次の日曜日、荘次は教えてもらった麻子の家を訪ねた。


何を話せばいいのだろう、オレを見ても分かってくれるのだろうか…




部屋に案内する前に麻子は荘次に一つの約束をしてもらった。
顔を見ても思い出さなかったら、初対面のふりをしてほしいと。

自分は昔の記憶が無くなっているという事実を
あえてまた認めさせて悲しませたくないと。

「分かってます。自分もここに来る途中で同じ事を考えてたから」


そう言いながら、荘次はドアを開けた麻子の後に付いていった。

303

                    続く…

    

    жжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжжж



                        今日もご訪問ありがとうございます。

先日、申したように今は時間の関係でコメレスはそちらのブログに伺ってます。
その分、「金田さん」をきちんとした形で終わらせるべくせっせと描いてます。
勝手いってすみません。

| コメント (21)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »