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2007年10月22日 (月)

母の冬支度



さすがにめっきり秋らしくなってきたこの頃、
夜ともなればセーターの一枚も引っ掛けようと思うほど。


今は子供のオシャレなセーターなどすぐ手に入るが、
昔は家で母親が編んだり、あるいは人に頼んで編んでもらったりもした。


私の母は(昔の人だから)和裁ならそこそこ出来て、
子供達の浴衣や半てんなどは家事の合間に縫ってくれていた。

1_2 




母はしかし、洋裁や編み物はあまり得意でなかったが、
それでもそれなりに頑張ってくれて
秋ともなれば去年のセーターを出してみて
もう小さくなっていれば編みなおしてくれた。

2_2

セーターに限らず、こうやって何度も作り直して 物を大事にしてた。


しかしやがて世の中の景気もよくなり、お店で簡単にセンスのいい物が
手に入り、子供達にも手作りの野暮ったさが敬遠されるようになると
自然と手作りはしなくなっていった。



でもこれは世の中の流れだったのよ。


今の時代だからこそ、昔の暮らしに学ぶものはいっぱいあるけど、
でもいざとなると楽な方に流されちゃう怠惰な私だ(反省)。



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レトロ系」カテゴリの記事

コメント

昔はみんな、おかあさんの手作りのセーターや洋服だったよね!
うちの母は、わりと洋裁やら編み物が好きだったようで、よそのうちの子のも作ってあげたりしてたよ。
毛糸をバケツの中で染め直したり、毛糸を巻き巻きするのを手伝ったり・・・
料理以外の家庭科が嫌いな私は、昔だったら、「駄目母さん」かも!!
あれ??今の時代でも、「駄目母さん」??かな・
確かに以心伝心の毛糸の話題!!
でも、バルおばさんとの感性の違いが・・・(トホホのホ)

投稿: おおかみおばさん | 2007年10月22日 (月) 00時40分

(*゚ー゚)vおはようございます♪
そうですねぇ、昔は何でも手作りでしたねぇ。
私の母は、バルおばさんのお母様とは逆で、洋裁が得意でした。
洋服からズボン、布でできるものなら何でも・・・てな具合に。
しかも、それが月日と共に変身します。
刺繍もよくしてくれました。

私が、友達の家であるクリスマス会に行ったりする時に、ベッチンの生地を母と一緒に選び、ワンピースを作ってもらったりしていました。
中学校になってからは、お弁当箱入れも作ってくれました。
色々な形のものを♪
レースをつけてくれたり♪
おしゃれで機能的に作ってくれて、友達の分も作ってくれました。

その友達が、OLになっても母の作ったお弁当箱入れを使っている、と聞き、仰天しました。
母にそのことを言うと、うれしそうにしていました。

今は、ホントに何でも簡単に手に入りますね。
でも、時々、私は、息子の洋服で巾着袋などを作っています。(゚O゚;;

投稿: ピノコ | 2007年10月22日 (月) 09時33分

バルおばさんの絵、懐かしい風景です。
私の家は女系家族でして、祖母の代から和裁家庭でした。
学校や会社へ行った時、衣服によく糸くずが付いていて、人に指摘されるのが常でした。
祖母から母へ、母から妻へ、和裁は引き継がれましたが、娘の代で、プッチン!
糸が切れました。(笑)

投稿: アスカパパ | 2007年10月22日 (月) 10時53分

素敵ですねぇ~

本当に 便利になって 自分は何もできない、しない人間に育ってしまいました。  お母さん、ごめんなさい!

イラストの 猫ちゃん可愛い

バルおばさんの ストーリーも 絵本で出版化してほしいなぁ

投稿: スノーパンダ | 2007年10月22日 (月) 11時11分

再び参上です。
掃除をしていたのですが、その時に、ぬいぐるみをヒョイとつかんだ瞬間、バルおばさんのイラストを思い出して、慌ててきました。
お人形を持ったバル幼い日のおばさんがかわいいです♪
幼き日のバルおばさんに持たれたお人形が、ダラ~ンとなっているのがかわいいです♪(´∀`)

投稿: ピノコ | 2007年10月22日 (月) 12時06分

昔の人ってなんであんなに器用なんだろう。
母は編み物の機械を使って頼まれたセーターなど編んでいました。
おおかみおばさんと一緒で、ほどいた毛糸を蒸気で延ばし、両手を広げて糸の束を作るの手伝ってました。

私のボーイフレンドのセーターも左腕の所にイニシャル入れて編んであげてました。つい亡くなるこの間まで手編みのセーターなど編んでくれてました。80歳過ぎても一月に2枚くらいは編んでました。
絶対に母はボケないと確信してましたが、違う病に倒れてしまいました。

私のタンスには母の残してくれたセーター、カーディガン、沢山あります。そろそろ出番です。

投稿: pomodoro0208 | 2007年10月22日 (月) 12時07分

私も小さいころ簡単な簡単なツーピースの夏服を母が作ったものできていた写真がありますよ。
しかしセーターとかはないなあ。
大分前に私も鉤針編みをかったんだけど、コレが難しいの何のって
本を読んでもさっぱりわかりません。
母やら祖母はちょいのちょいのちょいと編んでるんだけど...
母元にいる間に習得したかった~。

投稿: すう | 2007年10月22日 (月) 12時08分

懐かしくて身を乗り出して読んでしまいました。チヂレた毛糸を伸ばすのに、ヤカンの口に何かをつけてそこに毛糸をくぐらせ、どんどん引っ張っていくと真っ直ぐになる道具を母が買ったときはカルチャーショックでした。母は自慢げにいくらでものばしてぐるぐる巻きにしていました。機械編みでジャージャー音を立ててセーターを編んでいた光景が浮かんできました。昔のお母さんは一日中、何かしら家事をして、座っている姿を覚えていません。怠け者の私は、この時代に生まれて幸せです(苦笑)

投稿: みかん | 2007年10月22日 (月) 12時25分

なっつかしい!
バルさんのイラスト、 昭和のあの頃の匂いがプンプン~

母はお裁縫をして私を育ててくれました
私より先に寝たことなし。
夜中に目が覚めるといつでもお裁縫をしてました
朝目が覚めると母はもうお裁縫・・・
一体いつ寝てたんだろう
 
バルさんのイラスト、 あの頃の母の姿そのもの・・・
よくぞ描いてくださいました~!

ところで・・・
思い出せないんです、 名前・・・
布を引っ張る洗濯バサミみたいのが付いてて針山があってそのスタンドの片方の足を自分の座る座布団の下に敷いて使う裁縫道具・・・
何て言いましたっけ・・・

投稿: 味さの小鳥 | 2007年10月22日 (月) 13時26分

ウチは3人姉妹なのですが、冬場は必ず母の手編みのセーターやカーディガンを着ていました。
手編みも機械編みも両方得意だった母。
子供たちが大きくなってからはもう編み物なんてしなくなってしまったけど、
当時3人のために一体何枚の作品を作ったんだろうと思うと、不思議な感じがします。

私は編み物は全くできないけど(編目記号を見たら脳味噌がバクハツします)、
一時期洋裁にハマり、子供たちにいろんな洋服を縫ってやりました。
でも所詮自己流だから、縫い目はガタガタで、デザインもダサダサ。
結局既製品にかなうはずもなく、思い切り自己満足の世界でした。
それでも、子供のことを思って何か作っている時間は楽しかったなぁ~
手作りっていいもんですよね。こんな時代だからこそ・・・

投稿: よよよ姐サン | 2007年10月22日 (月) 15時35分

 うちの母親も 毛糸の機械編み してましたね。
 で、私は 手編みがしたくて 鈎針であんで いました。
 姑の けいともたくさんあります・・・
 裂織りに つかっています。
 バルさんの 絵 なつかしいですね。
 

投稿: 水戸小紋 | 2007年10月22日 (月) 17時50分

もちろん私の母も編み物は上手でしたよ。
毎年のように編みなおすから、子供のセーターは柄と言うよりは、何種類もの色がランダムに入っててですね(笑)
昔の重い手編み機も近所では早いうちに購入(お金は無かったはず…)、親戚のセーターやひざ掛けも編んであげてました。
私は手がかなり大きく市販の手袋は合わなかったら、極細毛糸で5本指の手袋を編んでくれました。
唯一つ喜べなかったのは、太目の毛糸で編んでくれたコートでした。
かなり重くて、子供心によろいのイメージをもちましたね。
今日も懐かしい時代にタイムスリップできました、ありがとう。

投稿: ねこおばさん | 2007年10月22日 (月) 21時31分

本当にそうでした!毛糸のパンツのことをバルさんの絵で思い出しました。今でこそ「毛いパン?」スーパーで買いますが…

母はなんでも手作りしてくれました。
そして、今でも、新しいものを作るよりも、繕い物に幸せを感じるんですって!そのあたりが違います、私と。

思い出を一つ。幼稚園の時、母の若い頃のはでな帯でふわふわの座布団を作ってもらいました。得意になって幼稚園の椅子にくくりつけて座りました。
みんなは動物園へ親子で遠足の日、生まれたばかりの妹がいたので、私と先生一人幼稚園でお留守番です。春まだ浅い日でした。

その座布団に、おしっこをもらしました。いっぱい…
お尻に、椅子ごとひっつけて、隣の教室で母の手作り弁当を食べました。
「きれいなお弁当だねぇ」「そんなに御母さんの作ったお座布団がいいのね~」と先生に言われながら、困り果てていたわたしです。

投稿: pochi | 2007年10月22日 (月) 21時50分

バルさんの絵で懐かしく母を思い出しました。
商売をやっていたので母の縫い物あみもの時間は店を閉めた9時過ぎ~
セーターをほどいては毛糸を巻いてのばして再生はいつも縞々柄でした。
しましま毛糸のパンツが スカートの下からいつも見えていた小学生でしたね。
洋服も父や姉の服のを小さくして袖口は靴下のゴムの部分を利用しているのが定番でした。
店の休みの日は部屋中広げて布団の打ち直しやら洗い張りやら・・・

家事の量は圧倒的に少なくなっているのに 仕事を終えて家に辿り着くと
もうなぁんにもしたくない気分の近頃・・・
天国の母を思い出して ちと反省のバルさん絵日記拝見の朝です。

投稿: ふたば | 2007年10月23日 (火) 07時22分

両手を広げて 毛糸をかけて 蒔くのを 手伝ってましたね。
私も 懐かしく 思い出しますね。

私も 肩凝りしない頃は していました、子供のセーター編んでましたよ、でも ホント 買うほうが 安いんですよね。柄もいっぱいだし。

道具 久しぶりに 引っ張り出そうかな~。

投稿: 小夏 | 2007年10月23日 (火) 08時46分

こんにちは。
 今日も懐かし~い記事と、本当に暖かいイラスト?かな。嬉しいわぁ。
そうですね、私も編みなおしの毛糸を、両手を広げて、巻くのを手伝いました。それが嫌で。自分のもので無ければ余計に嫌で。
 
 殆ど衣類は母の手作でした。新品が買えないから、中古の再生で。
アメリカ人の中古の洋服が露店に売られていて、
品質が良いので、それを買ってきて、仕立て直して着せてくれました。
 
 バルさん、そのような事すっかり忘れて、
一人で大きくなったように思い、生意気な娘でした。
 今は亡き母に感謝とお詫びの気持で一杯です。

投稿: コスモス | 2007年10月23日 (火) 11時42分

母も私が小学生の頃はそれまで手編みだったセーターが
編み機に変わり…何年か後の同窓会で
「着せ替え人形みたいに毎日、服を着替えてた人」と
言われてしまいました

女の子が一人だったから
編んだり作ったりするのが楽しかったのでしょうね

私は息子が3歳いくら今では手作りも時々してました
洋裁学校に3年も通い師範まで行ったのに
恥ずかしながら今ではスカート1枚だって縫いません (#^.^#)

投稿: ちゃこママ | 2007年10月23日 (火) 17時36分

     >おおかみおばさんさま
同時に編み物の話題、書いちゃったわ。
そっちこそ楽しい記事です、あれだけマフラーで想像をめぐらすのは
私にはでけまへん…。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 20時27分

    >ピノコさま
別珍とは懐かしい…。コール天はズボンとか多かったけど、別珍て
なんかお嬢様っぽいイメージだわ、ピノコ嬢ちゃま。

昔のお母さんてほんと器用、うちの母はあまり器用でもなかったので
一度パンツ(ズボンじゃないよ)を縫ってくれたけど、これがまぁ
穿きづらい事といったら、あ~た。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 20時35分

   >アスカパパさま
どこのおうちでもプッチン、プッチン切れてますよ(笑)。
うちの娘も和裁は勿論のこと、洋裁さえ出来ません。これは多分
特殊でなく、今の学校教育では必要ないとされてるからです。
また親もついつい教えてもやらないだろうな、と思ってしまうからと
思うからで、私もすごく反省してます。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 20時40分

    >スノーパンダさま
私もたいした事出来ません、お母さんごめんなさい!です。
和裁もお料理ももっと習っておけばよかった…。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 20時42分

   >ピノコさま
あら、また来てくれたのね♪有難うございます。
子供ってお人形をあんな持ち方してませんか? えっ?私と
娘だけ…。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 20時46分

    >pomodoro0208さま
なんてステキなお母様だったのでしょう。
娘の彼氏にもセーターを編んであげるなんて、最高です。

80才過ぎても編み物を続けられるなんて、目標にしなくては(笑)。
亡くなった後も残された編み物に思い出がいっぱい入ってますね。
いいお話でした。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 20時51分

   >すうさま
ツーピースが作れるなんて、お母様、すごいですよ。
私も大分大きくなってから(どのくらいじゃ?)、自己流で編み物
始めました。必要に迫られると結構出来ちゃうもんです。
手始めにジョバンニさまにマフラーなぞ、どうでっしゃろ?

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 20時55分

    >みかんさま
ありました、ありました、のんな機械! 私も使ってましたが、
なんて名前なんだろう?
傘の骨組みをひっくりかえした感じにちょっと似てて、ほんとに
面白いように毛糸がきれいになりました。

仕事以外は超手抜きの私は、昔に生まれなくて良かった…、しみじみ
思います。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時00分

    >梓の小鳥さま
実に働き者のお母様でしたね、家事も昔はそりゃぁ大変だったし、
それを黙々とこなしてたんですね、女性は。

ご質問の物、ハサミみたいなのは母は「かえる」と言ってて、
針山がついてたのは「くけ台」と言ってた記憶があります。
↑がついてる棒は外せて、しまう時は下の板と一緒になって場所を
とりません。昔の道具って優れてますね~。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時06分

   >よよよ姐サンさま
私も自己満足の世界で?子供の物を色々作りました。
やっぱり自己流なので、見えないとこはゴマカシ放題(笑)。
でも子供服は小さいからすぐ出来ちゃうのが楽しい。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時09分

    >水戸小紋さま
あら、毛糸も裂織りに使えるんですか。なんか面白い作品になりそう。

鈎針、懐かしいです。手軽にも持ち運び出切るし、中学校の時すごく
流行ってみんな編んでたわ…、遠い昔に。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時13分

('-'*)こんばんは♪
  Σ( ̄□ ̄;)!!!
ちと、間違えました。
バル幼い日のおばさん ではなく、
幼い日のバルおばさんですねぇ。
ヾ(;´▽`A``アセアセ

私ね、おにんぎょさん(お人形)、だっこしていたんです。
母は、おにんぎょさんが好きで、私のおにんぎょさんを片付ける時も、必ずだっこしていたんですよ。
だから、私も子どもの頃はだっこしていました。
息子のぬいぐるみは、雑にもっています。


今、三角巾で左腕を吊っています。(´_`。)グスン
バルおばさんのイラストを見にきました。
ほのぼのした気分になります。(。´ー`)

投稿: ピノコ | 2007年10月23日 (火) 21時18分

    >ねこおばさんさま
そうそう、違う毛糸を混ぜると霜降り風だったり、横縞だったり。
5本指の手袋も編めるとは! あれは大変。私はミトンだけしか出来ない。
おまけにコートまで作成!達人ですね。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時19分

    >pochiさま
…可愛い。困った様子が想像できちゃう。
随分と豪華な?お座布団にうっかりと…、そこが子供の可愛いところだわ。
もじもじしながらお弁当食べてて、味も分からなかったのでは?

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時24分

    >ふたばさま
皆さまのコメントを拝見してて、ほんとに昔のお母さんて、なんて
働き者だったんだろうと改めて思いました。

私も自営業の妻で結構忙しいけど、とてもとてもふたばさんのお母様みたいに休日まで洗い張りやら何やらで終わるなんて出来ません!
仕事がない時はおもいっきりだら~とのびてます(姑もいなくなったから)。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時32分

    >小夏さま
やはり息子さん達にセーターを編みましたね。でも確かに買ったほうが
安かったり、オシャレだったり。
でもその人の為のたった一つのオリジナル。図案を起こして編んだ
「ゴジラ柄のセーター」はしっかり写真に撮って、恩にきせてます(笑)。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時37分

    >コスモスさま
とんでもない! コスモスさんが生意気娘なんて。お母様の事をいつも
思ってらして、ブログの記事からもお母様に対する愛情を感じます。
少しでも子供の為にと、服を仕立て直してたお母様、有難いですね。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時42分

   >ちゃこママさま
洋裁の得意なお母様は娘さんに手作りの洋服を着せるのが楽しくて
しようがなかったのでしょうね。
ちゃこママさん、師範!すごいじゃないですか。昔ならすごいキャリアでしたね。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 21時57分

    >ピノコさま
そうよね、お人形さんはキチンと抱っこしないとね。
うちみたいに乱暴に扱っちゃあけませんやね(笑)。

腕、大丈夫ですか? いくら若いといっても無理しないで
しばらく安静にしてた方がいいですよ。

投稿: バルおばさん | 2007年10月23日 (火) 22時09分

バル おばさん こんばんわ セーターの編みなおし懐かしいですね。
私の母も裁縫はしましたが、セーターの手編みはしませんでした。そのような関係で専門に編んでくれる(機械編みか)お店に毛糸を持ち込んで編んで貰ったセーターの温もりを今でも憶えています。

投稿: kenken | 2007年10月23日 (火) 22時56分

わたしも子供の頃のよそ行きは全部母の手作りでしたよ。
でもイマイチ野暮ったくて 好きじゃなかったです。
今思えば とっても申し訳ない・・・;;

息子たちが小さい頃 夜な夜なパジャマを縫ったことがあるんですけど
ツンツルテンになってもまだ着てるんで(他にパジャマもあったのに)
ちょっと ジン・・・(・・、)としたことがありました。
今の世の中 手作りの方がいろんな意味で贅沢なのかも知れないですね。

投稿: M | 2007年10月23日 (火) 23時05分

懐かしいですねえ。そうそう、みんなやらされてたんですね、両手を広げて毛糸をかせから玉にするお手伝い。腕が疲れるので嫌いだったわ。
うちの母も編み物、縫い物いろいろ作ってくれました。ひだスカートをよく縫ってくれました。途中から友達と洋裁を習いだして、ピアノの発表会の時にはサテンのワンピースを縫ってくれたなあ。ブルーで襟のところに同じ布で作った巻きバラがついていました。
私も娘には縫ったり編んだりしてよく着せました。息子のものはセーター以外はあまり作らなかった。ジャーッジャーッと編み機で編んでいると小学生だった隣のマー君が興味深そうに見つめていたものです。お家に帰ってどうしてママは編み物しないの、と聞いたそうです。よっぽど編み機が気に入ったのね。

投稿: まままま | 2007年10月23日 (火) 23時34分

こんにちは、バル様。懐かしい感じで、読ませていただきました。
私の母もそうして、セ-タ-を編んでくれたりで今も手編みのセ-タが
手元にあります。洋裁も、編み物も...。子供の時にほどいたセ-タを
スト-ブの上でお鍋にお湯を沸かしふたとの間に毛糸をくぐらせ...私に手を出させ、それを巻き取っていました。
くちゃくちゃな毛糸が、伸びていくのがおもしろく感じたのを記憶しています。
ただそのころは、既製品の洋服とかがうらやましく...母の作ったものよりそちらを欲しがっていました。今になり、ありがたさがわかります。
私の子供も、実家の母に沢山ネマキや洋服を作ってもらいました。
忘れていた、母のぬくもりを感じました。バル様、ありがとうございます。
m(_ _)m

投稿: すずまゆ | 2007年10月24日 (水) 13時41分

再びお邪魔虫です。
バルおばさんのお母様がこまめに衣類の再生利用をされていたお話を拝読して、妻が私の母が着ていた着物の端切れを再生したベストを思い出しました。
私事で恐縮ですが、もしよかったら写真をご覧下さい。(トラックバック出来ないようなので、私の名前にリンクしました。失敗していた場合ごめんなさい)

投稿: アスカパパ | 2007年10月24日 (水) 14時44分

私が結婚する頃までは、嫁入り道具にミシンは必ずありました。
中には、編み機を持って行った人も・・・(年、バレバレ)
私はどちらも使えたけど、友達なんかは一度も開けないうちに捨ててしまったとか・・・
でも、その頃でも和裁をする子は一人もいなかったなぁ。
私もできません。
今では、編み機を使うどころか見たこともない人もいるのよね、きっと。
手編みだって、流行った時期もあって学校中の女の子が棒針と毛糸を持って登校してた時もあったなぁ。
今でも、そんな流行はあるのかな?

投稿: panco | 2007年10月25日 (木) 01時15分

    >kenkenさま
うちの母もたいていは近所で内職に編んでる人に頼んでました。
昔はそうやって頼まれて仕事をしてる女性はいっぱいいましたね。

投稿: バルおばさん | 2007年10月25日 (木) 23時26分

    >Mさま
ちくちく熱はお着物だけでなく、パジャマまでだったのですね。
そんなに大事に着てもらったのでは母親冥利につきます。

投稿: バルおばさん | 2007年10月25日 (木) 23時28分

   >ままままさま
サテンのワンピース! セレブ感漂います(笑)。
お母様といい、ままままさまといいしっかり手作りなさってたのですね、
私は結構我流でテキトーに仕上げてましたが、編み機は確かにあっという間に出来るので驚きでした。

投稿: バルおばさん | 2007年10月25日 (木) 23時33分

   >すずまゆさま
手芸好きなのはお母様の血筋ですね、さすがです。
お嬢様達がおばあちゃんのお手製のお洋服を着てた、というのが
とても羨ましく思いました。まだ娘が小さいうちに母は亡くなったので
あまりおばあちゃんの思い出がないのが寂しいそうです。

投稿: バルおばさん | 2007年10月25日 (木) 23時36分

    >アスカパパさま
お写真、拡大して拝見しました。柄あわせもオシャレで
こうやって亡くなられたお義母さまの形見をもう一度生き返らせるなんて
すてきな奥様ですね。それと人台まで持ってるなんてプロ並み!

投稿: バルおばさん | 2007年10月25日 (木) 23時41分

   >pancoさま
キャァ~、殆ど同じ体験だわっ!いつもお若いブログだから
すんごく年下と思ってたけど…、きっと40は過ぎてる(笑)。
学校の昼休みにみんな編み物してた話を娘にしたら、すごい
驚いてました。

投稿: バルおばさん | 2007年10月25日 (木) 23時46分


おはようございます♪

昔、母親がやっていた裁縫の光景って、今はなくな
りましたか。。。
青森に住んでいて、コレを思い出させる一幕という
のは、「こぎん刺し」や「裂織」の作業風景でしょ
うか。 コツコツと、ゆっくりと、静かに、の感じ
が、昔の母親の姿を思い起こさせます。

投稿: reev21 | 2007年10月26日 (金) 08時07分

バルおばさんこんにちは。
私の子供の頃の写真を見ると、母の手作りの品ばかりを着ています。
すっごく愛情を感じますね~。
今は、お値段の高い服がいい服なのかなぁ・・・。
私は、母の作った毛糸のボレロやワンピースが最高品です。

投稿: lisho | 2007年10月26日 (金) 15時17分

    >reev21さま
こぎん刺しの土地柄ですか。名産だから、青森ではまだまだ針を持つ方は
多いでしょう。
ほんとに針仕事って見かけなくなりました。

投稿: バルおばさん | 2007年10月26日 (金) 22時38分

   >lishoさま
お母様に沢山の思い出の服を作ってもらっていたのはお幸せですね。
私の母は洋裁は苦手だったので、子供達が大きくなって文句を言うように
なったら?さっさと手作り、止めました(笑)。

投稿: バルおばさん | 2007年10月26日 (金) 22時41分

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