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2007年7月 4日 (水)

汽笛はもう…

私の街には単線のJRローカル線があるが、それがまだ
国鉄と言われてた頃。

私の家からかなり離れた所に線路はあったが、
たまたま遅くまで寝付けない時などに電車の汽笛を聞く時があった。

風の向きや、やけにしんと静かな夜に限ってだが、
当時の夜は本当に真っ暗で、黒い輪郭の町並みを越えて
ガタンゴトンという車輪の音と共に哀愁のある汽笛が
ぽ~と聞こえてくるのだ。

離れた場所から聞こえるそれは一層 想像を掻き立てて
幼心に色々なお話を思い出させたものだ(妄想癖はその頃から?)。

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やがて 街も様変わりし、大きいビルも増えてきたが、
それでも、たまには汽笛を聞けて懐かしいと思う事があった。

私は家から15分ほど離れたとこに嫁いだが、
最初の頃は深夜に思いがけず汽笛が聞こえると
「ああ、あの汽笛は実家の上を通ってきたんだな」と
しみじみと思った。

さすがに今はもう窓を開けていても汽笛など聞こえず、
うっかりすればパララパララの暴走族の音と
ウ~ウ~ウ~とパトカーの音だ…。

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しかたのない事だが、時代の変化は寂しいね。

今の子達の懐かしい音はなんだろうか?


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レトロ系」カテゴリの記事

コメント

 こんばんは。お布団の中に入って本を読んでいて、いつもなら本が眠りを誘ってくれるのに何故か今日は眠れない。「何故?」何となくパソコンを開けて、勘が働く!!さすが、私の勘よ(本当はいつも外れるのよ)汽笛の音、(JRなんて言葉に慣れるのにどれだけかかったか)そう、「国鉄」この懐かしい響き。ポ~と警笛を鳴らしてトンネルに入る汽車。汽車を電車と言い直すのにも時間が掛かった(~_~;)
 私が山科で暮らしていた時も東海道線の東山トンネル近くに家が有って、その頃は父も母も健在でバルさんと同じ音を聞いていました。窓から列車が走っているのが見えて。(私は山科にいる時に同じ町内で2度引越しをして、最後の家にいたに聞こえました。)
 今は梅小路蒸気機関車館から風の向きによって時折ぽ~と聞こえてきます。
バルさんのお蔭で懐かしい昔の気持、優しい?気持に戻れました。優しい気持になったところでお休みなさい。(コメントが支離滅裂ですわ。お許し下さい)

投稿: コスモス | 2007年7月 4日 (水) 23時45分

ごめんね。今読み返していて脱字に気が付きました。
 それと明日の私の記事も子供の頃の思い出です。隙が有れば(笑い)覗いてください。

投稿: コスモス | 2007年7月 4日 (水) 23時49分

バルさん、いつもながら、きれいでかわいい絵ですね。(しみじみ)
ダッコちゃ~ん!
私は子供の頃、線路沿いに住んでましたよ。
人形をおんぶし、キンカンをむしゃむしゃ食べながら(庭にキンカンの木あったので)、
ままごとしてたらSLの窓から手を振ってくれた人もいました。
今住んでいるところは暴走族が♪パララパラパラパラリラリ~(ゴッドファーザーの愛のテーマ)

投稿: ぱんだうさぎ | 2007年7月 5日 (木) 00時03分

こんばんわ、久しぶりに会えたみたいで嬉しいです。
田舎に育ったせいか、近くに汽車も通らず、想像しか出来ませんが・・・汽笛って哀愁を誘いますね。
子供の頃の絵を見て、銀河鉄道999をふと思い出しました。いつもながら、絵、うまいですね~~。

投稿: pomodoro0208 | 2007年7月 5日 (木) 00時04分

街中に住んでいたので国鉄の汽車には
あまり乗った事も見た事もなく…
岡山に居た父の兄(おじさん)の家に
たまに遊びに行く時に乗るくらいでした
帰る時おじさんが明治ミルクキャラメルの
何個か入った大きなキャラメルの箱を持って
駅に走ってきてくれた事と
ボォ~の汽笛のもの哀しい音が
幼心に残っているのと…
島根から働きに来ていた友人が京都から離れる日に
見送った時の悲しかった汽笛の音は
何故かこの歳になっても思い出します
なつかしい~♪

それにしてもダッコちゃんの事を
よく思い出されましたね(笑)
さすがバルさんです (*^。^*)

投稿: ちゃこママ | 2007年7月 5日 (木) 00時26分

だっこちゃんに食いついてしまいました(笑
バルさん、確信犯でしょう。
ワタシ山手線の内側で育ったので、だいたい移動は都電(今は1系統だけ残っています)でした。バスもあったけど母が都電の方が好きだったの。銀座通りを都電が走っていたんですものね。
冬の夜って空気が澄むせいか音の伝わりがいいですね。今住んでるところでも電車の走る音がかすかに聞こえるときがあります。今は成田空港まで延伸しているところ。2010年には都心と成田空港が(ウチの駅を通る電車で)30分で結ばれるそうです。通過列車ばっかりになりそう…

投稿: まままま | 2007年7月 5日 (木) 09時25分

私も子供の頃は軽便鉄道が有りました、忘れていた事を
思い出しました、今は廃線に成りましたが、
懐かしいです、
今は観光用に、蒸気機関車が汽笛を上げて
入っています、此処に伺うと、幼い私が居ます、
変わっていくのは、寂しいけど、いい時代を過ごせた
と嬉しいです、

投稿: mitirin | 2007年7月 5日 (木) 11時11分

今の家は、線路の近くです。ゴトゴトと何分おきにおtがします、慣れっこになっていても 夜の汽笛は、何かしら、胸がキュンとする瞬間があります。
夜の列車って ロマンチックにさせます・と思うんですが・・・。

投稿: 小夏 | 2007年7月 5日 (木) 16時03分

こんにちは、ご無沙汰しています、ひーちゃんです。そうですか。それは、両毛線でしょうか?私は父に連れられて、ターンテーーブル(転車台)を探しに行ったことあります。確か、小山駅にありました。

投稿: ひーちゃん | 2007年7月 5日 (木) 17時08分

こんにちは、バル様。
私の所では、未だ汽車の音が聞こえます。
でも夏の谷中に、バイクの鳴り響く音も聞こえるのも確かです。
でも朝は、小鳥の声がするんですよ!
そのさえずりは、最高ですね!今の子ども達の...懐かしい音...それは考えてしまいますね!私達の子どもの時とは...違うから..。

投稿: すずまゆ | 2007年7月 5日 (木) 17時16分

こんにちは、望です。
 子供の感覚は文学者の感覚であると同時に哲学者の感覚ですね。
 「死」とか「空間」とか「時間」への不思議な感覚とか恐怖感とかがどれだけ大切かは、文学や哲学を学べば学ぶほど、身にしみてわかることです。「なぜ」「どうなるの」の世界ですね。しかしたとえば「死」に関して、私達は「墓」とか「葬式」「先祖」みたいな形式に慣れてしまい、さらにはその慣れを「大人」と勘違いし、いつのまにか子供のときの純粋な感覚や恐怖を忘れてしまいます。ところが「死」の問題は、大人になっても、実は全然解決していません。私達は再び、「なぜ」「どうなるの」という問いに戻り、考えはじめなければなりません。哲学とか思想なんて、そんなものなのです。一流の哲学者はみんな、童話の世界こそが哲学的といいますが、それは実に本当なことなのです。
  だからこそ、宮沢賢治さんの世界は哲学の宝庫なのですね。バルおばさまの世界と絵は本当に童話的ですけれど、同時にすばらしく哲学的でもある、と思います。

投稿: 渡辺 | 2007年7月 5日 (木) 17時23分

>コスモスさま
これで眠りにつけましたでしょうか?
昔は夜になれば車も走っておらず、ほんとに静かでした。
だから余計汽笛の音が特別なものに聞こえていたのでしょう。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 18時11分

 >ぱんだうさぎさま
すんばらしい世界!今、リバイバルで 人気復活の
(名前が思い出せない)有名な塗り絵本のままだわ。
夢の中みたいな景色です。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 18時14分

 >pomodoro0208さま
私も田舎育ちなので、静かな環境でした。
夜、寝てる時に雨音が遠くから近づいてくるのも
分かったくらいです。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 18時17分

 >ちゃこママさま
おじさまの記述が古き(失礼!)良き時代の男の人で
とても懐かしさを感じました。
皆さん、其々の思い出を聞かせて頂いていつも
なんかうっとりとした感じになります。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 18時21分

 >ままままさま
やはりだっこちゃんで「つかみはOK?」

当時の東京も今とは随分違っていて、でも華やかな中にも温かさがあったような気がします。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 18時25分

 >mitirinさま
「幼い頃の私がいる」…、その感性がいい意味の
子供らしさを持ち続けていらっしゃるという事かな。

最近、昔の事の記事をアップしてますが、その都度
寄せられるコメントに書いた本人がうなってます。
私なんかよりよっぽど皆さん、瑞々しい思い出を
持ってらっしゃるんですもの。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 18時32分

 >小夏さま
何分おきでは…、ちょっとムードもないですね(笑)
でも夜の汽笛には小鳩の様な胸(見てないけど)が
キュンとする。
まだまだ若さ一杯ですね。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 18時35分

 >ひーちゃんさま
お久し振りです(でもいつもコッソリ見に行ってます)。
群馬には何本も鉄道があるのに、なんで両毛線て
分かったん?!(方言丸だしだがね)
小山は両毛線の終点だから、転車台もあったでしょう、しかし優しいお父様ですね。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 18時40分

>すずまゆさま
生活の中の音、心地良かったり、騒音だったり。
ウルサイ機械の音もうちの子達は「家の音」と言ってました。子供達には思いでの中の音になるのでしょうね。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 19時59分

 <望さま
ああ、子供の感覚は哲学のそれと同じというのは
分かる気がします。
大人が見逃す真理もしっかりと捉えていたりしますよね。
今回も含蓄のあるお話で勉強になりました(ただし私のブログは哲学とはかけ離れてますって)。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 20時06分

こんばんは。
とっても素敵な絵ですねぇ~
子供の頃を思い出しました。汽笛の思い出はありませんが母の実家に泊まりに行った時国道沿いだったのでたまに車が通ると雨戸からヘッドライトの光がもれてきてなんだか寂しかったことを思い出しました。

投稿: グーグー | 2007年7月 5日 (木) 21時20分

 >グーグーさま
雨戸からもれる光、車の動きに合わせて光のすじも
移っていって…。
いつもと違う感覚って面白いですね。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 5日 (木) 21時52分

我が家も歩いて20分くらいの所に電車が通ってます
冬、空気が澄んでいるときなど踏み切りの「カンカン」という音がかすかに聞こえます
いつも聞こえるわけじゃないので、聞こえた日はなんだかいいことありそうな気がします

投稿: A子 | 2007年7月 5日 (木) 22時29分

あぁ・・・子供の頃確かに聞いた、聞きました。
夜中に電車が走る音・・・
多分貨物列車の音です。
汽笛は残念ながら覚えがないですけど・・・
で、おふとんの中でその音を聞いていると、妙に物悲しい気分になったものです。
夜の寂しい情景は、未だに苦手な私・・・

投稿: panco | 2007年7月 5日 (木) 23時38分

バルおばさん
おはようございます、リンク頂いて宜しいでしょうか?

投稿: mitirin | 2007年7月 6日 (金) 10時38分

この前早起きしたとき、列車の音が聞こえたような
きがしました。
わたしにとって懐かしい音といえば、春になると聞こえる琵琶湖汽船、はり丸 のヴぉ~という汽笛の音と
アナウンスの声やね。 商店街華やかかりしころの
商店街ソングも懐かしい・・・

投稿: daikatoti | 2007年7月 6日 (金) 13時21分

我家はたまに聞こえます。駅まで歩いたら20分。
ガッタンゴットン・・・なんか遠くへ行きたくなります。知らない町へ♪~~ジェリー藤尾、この人故人?

投稿: うどん | 2007年7月 6日 (金) 20時36分

汽笛って なんとなく夜中のイメージですよねえ。
わたしがまだヒトケタ前半まで蒸気機関車でした。今と同じで1時間に1本しか通過しないのだけど 祖父に連れられて線路の近くまで汽車を見に行った記憶があります。
電車をいまだに「汽車」と言ってしまう最後の世代かも・・・わたし。

投稿: M | 2007年7月 6日 (金) 21時51分

 >A子さま
ああ、いいですね、カンカンという音。
確かに冬って空気が澄んでるから、遠くの音が
聞こえますよね。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 6日 (金) 23時25分

 >pancoさま
私も貨物だったと思います。
夜中に聞こえる電車の音はどうして物悲しいのでしょう。
ローカル線だから?新幹線なら楽しくなっちゃうかしら?

投稿: バルおばさん | 2007年7月 6日 (金) 23時29分

 > mitirinさま
遅い返事で失礼しました。
リンクよろしいのですか?有難うございます、
mitirinさまのボタニカルアートのブログとは
趣きが違いますが?これからもよろしくお願いします。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 6日 (金) 23時33分

>daikatotiさま
春になると聞こえるというのは季節感があって
なんともいいですね。湖面を渡ってくる汽船の音…、情景が浮かぶようですね。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 6日 (金) 23時51分

 >うどんさま
ジェリー藤尾なんて知って…ます。
坂本九も歌、上手でした、二人とも亡くなっちゃいましたね。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 6日 (金) 23時55分

 >Mさま
私のとこも1時間に1本の電車でした、電車と
スマシて言ってますが、気をつけないと汽車と
言ってしまいます。
Mさまが汽車というのには驚きです。

投稿: バルおばさん | 2007年7月 6日 (金) 23時59分

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