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2007年6月13日 (水)

人絹箱とカボチャと少女

紫陽花があちこちの小路に咲きこぼれる季節になると思い出す事、

ずっとずっと前のこと、
私が小学校に上がる前(つまり相当な む・か・し)。

母親が体調を壊し、幼い私は
一時期母の実家に預けられることになった。

従兄弟達は皆、年が離れていて、
どうみても誰も私と遊んでくれる子はいないので
気は進まなかったが、我儘も言えずしかたなく
父親に連れられていったのが、ちょうどこの頃。

あの時代、自家用車なんて持ってる人はそんなにいなくて
父は自転車の荷台に木の箱を載せ、私はちょこんと
その箱に入って祖父母の家に行った。

人絹箱(じんけんばこ)を、どれだけの人が知ってるだろう?

化繊の糸の運送用の箱でしっかりとした木で作られていたのだ。

1_82

(段ボールなんてなかった、あの頃)

好き嫌いのある私の為に好物のカボチャ(ダサ~、今思うとダサ過ぎ)も
一緒に入れられていた。

2_76

毎日、早く迎えに来てくれないかなと夕方になると
紫陽花の咲いてた門のそばに腰かけて
父を待ってたなぁ…(シンミリ)。

夕焼け、紫陽花、母の煮てくれたおいしいカボチャ(やっぱダサイ)。

そしてもう見る事もない人絹箱…。

やがて 父も母も亡くなり、頑張ってる私の

遠い、遠い昔の でもふっと懐かしくなる思い出。


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レトロ系」カテゴリの記事

コメント

 私、今うる、うるキテマス。バル子ちゃんの幼い日の愛しい思い出。でも、悪いけど「人絹箱」は知らないわ。私もかぼちゃの煮たの大好きだった。
 似たような思い出が有るけど、昔の子供は健気で親孝行やったね。涙をこぼしながらも我慢したものね。
 私もいつか自分のブログに書いてみたいと、しみじみ思っています。でも、こんな可愛い絵がかけないなあ。この可愛い絵で辛い思いでも懐かしい思い出になっていますね。有難う。
 

投稿: コスモス | 2007年6月13日 (水) 23時00分

実は人絹箱は生糸業関係が使用してた物なんです。
当たり前のようにそばにあったので私くらいの年代なら誰でも知ってるかなと思ってたけど、やはり一部に限定だったのかな。

投稿: バルおばさん | 2007年6月13日 (水) 23時07分

何となく、同級生かな?
残念、人絹箱は初耳です。
でも自転車の思い出は似てるかな。
花火大会の帰り道、父が自転車で3人娘を一人、また一人と迎えに来ては荷台に乗せて走ります。
最後は一番大事な母でしたね。
子供の頃、うちには車は無かったけど、父の自転車がありました。
うん、懐かしいなぁ。

投稿: ねこおばさん | 2007年6月13日 (水) 23時23分

追伸です。 
 可愛いバル子ちゃんに幸あれ!!!

投稿: コスモス | 2007年6月13日 (水) 23時30分

うう。。。(´;ω;`)
思わずうるうるしてしまいました。
幼いバルちゃん、寂しくて心細かったでしょうね。
カボチャ、ダサくないですよ!
レディーは、みんなカボチャを食べて美人になるのです!

投稿: なほ | 2007年6月13日 (水) 23時39分

お父さんが迎えに来てくれるのを
アジサイの花の側でジッと待ってる…
人絹箱に入るほど小さな少女のバルさんが目に浮かびます

遠い昔、なんだかハッキリとは思い出せないけど
私も似たような感覚だけがよみがえります

実家は西陣織をしてますが人絹箱は初耳ですね(笑)

かぼちゃを持たせてくれる、今なら解る親心にウルウルですね 
そして淋しいかったバルさんの気持ちにウルウルです

淋しいけど大きな愛情に包まれてた日の思い出ですよね 
紫陽花 夕陽 かぼちゃの煮物… (^O^)/

投稿: ちゃこママ | 2007年6月13日 (水) 23時59分

切ないけど、心が温かくなりました。
けなげで、かわいいバルさん、泣けてきます。
私は保育園の行き帰り母の自転車の後ろに乗ってました。その時の景色は今でもはっきり覚えています。

投稿: ぱんだうさぎ | 2007年6月14日 (木) 00時55分

おかしくて、なんか ホロリとする今日のバルおばさんのお話。
寂しい思いをさせるわが子に、せめて 好物のかぼちゃでもとの親心ですね~。

私も人絹箱しりませ~~ん。

投稿: 小夏 | 2007年6月14日 (木) 08時11分

人絹箱は知らないけれど、りんご箱なら知ってるわ。
これで父が勉強机に改造してくれたんだった。
嬉しかったわ。それで勉強好きになったかと言うとならんかった。
世の中、うまくいかないもんです。
小学校高学年では、学校が新しい机と椅子を入れたので古いのを貰ってきたけれど、これまた嬉しかった。
勿論勉強はしなかった。それでも元気に楽しく?生きています。多分。

投稿: うどん | 2007年6月14日 (木) 10時51分

人絹箱は わたしも知らないです(多分土地柄もあるかと・・・)
でも 妹が生まれる直前から1年くらい 母方の実家とその親戚にたらい回しで預けられていたので なんとなく分かりますよ~。
一番トシの近い従兄弟で10歳も離れてたので つまんなかったです。
わたしはほとんど記憶がないのに 親戚には強烈な印象だったみたいで いまだに法事で集まると 笑い話が続出で恥ずかしいです;; イヤだわ(T▽T)

投稿: M | 2007年6月14日 (木) 13時01分

 人絹箱。古い家だと、蔵とかにあるかも知れませんね。絵で見ると茶箱にも似ている感じ。
 バル子ちゃん、けなげで可愛い。ホントに童謡の本の挿絵にそっくりで、おかっぱ頭に赤ちゃん人形、窓の外は雨降りで紫陽花が。
 花が宝石のようです。ペイントにはペイントの良さが・・・やっぱり、下絵が正確に引けてるからね、バル子ちゃんの絵は。簡単な線だけど表現は的確だし無駄が無い。巧いっす!文章構成も巧いっす!
 センチメンタル物もグッド♡ワタクシも見習わねば・・・^_^;

投稿: 三日月 | 2007年6月14日 (木) 13時04分

人絹箱は、かなり特殊だったかもしれませんね。
茶箱、リンゴ箱が、一般的では?
「こり」なんていう収納カゴもありましたが、、、
中に入って遊んだことを思い出しました。

投稿: utrillo | 2007年6月14日 (木) 13時18分

こんばんは、望です。
 父は生まれは農家で、しかもお蚕たくさん飼っていた農家でそちら系の業者の付きあいもあったのでしょう、人絹箱のことはよく言っていました。けれど独り言っぽくいっていたせいもあり、今までよく意味がわかりませんでした。しかしバルさまのおかげで、人絹
の本当の姿がよくわかりました。
 それからカボチャ、これも父がよくいっていましたね。バルさまはいろんな思い出とともに好物なのですね。カボチャの形や外形、なかなかいろんな思いを感じさせるものですもの。だからこそ童話の題材にもなるんですね。しかし痩せの大食いで無粋極まりない父の場合は、死ぬほど食べたのでしょう、今でも決して口にしようとしませんね。美味しい美しいものでも、毎日満腹にお腹に詰め込めば、グロテスクな思いになってしまうのでしょう。そう考えると最近思うのですけれど、毎日チョコレートやケーキをたくさん詰め込んで飽きない女性達、あれは私にとって実に謎めいた存在です(笑)

投稿: 渡辺 | 2007年6月14日 (木) 18時53分

ノスタルジー。
っていうか箱から「チャン!」って叫びそうな(笑)
昔はよかったってみなが振り返りそうな郷愁。思い出。
しらないハズなのにAlways3丁目の夕日を見ても懐かしさを感じる。
いったい何歳までの子がそういう昔の風景で「懐かしさ」を感じるんでしょうねえ。

投稿: すう | 2007年6月14日 (木) 21時24分

>ねこおばさんさま
最後に愛する妻…、う~、泣かせる。
一人一人子供を自転車につけた箱に乗せて、おうちに帰るお父様、情景がとても素敵。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 21時48分

 >コスモスさま
再度、有難うございます。
幼い子は長じて、寸詰まりのおばさんになりました。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 21時50分

 >なほさま
いや~、やっぱカボチャは如何なものかと。
真実だからしかたないけど、もっとオシャレな物が
好物ならよかったのに。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 21時52分

 >ちゃこママさま
機屋さんでも人絹箱は知りませんでしたか。
多分糸屋さんなら使ってたと思います。
皆はっきりとはしないけど、子供の頃の少し切ない
思い出ってありますよね。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 22時09分

 >ぱんだうさぎさま
お母さまの背中で見てた景色、それはずっとこれからも記憶に残ると思います。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 22時11分

 >小夏さま
「この子はカボチャが好きですから煮てやってください」とか言って持たせたんだと思います。
人絹箱、頑張れ!誰も知らないぞ。」

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 22時15分

 >うどんさま
お父様の手製の勉強机、いい話です(たとえ勉強好きにならなくても)。
人絹箱もしっかりした木だったので、うちの父も
それで押入れの中に器用に棚なんか作ってました。
昔の人のやる事は無駄がないですね。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 22時27分

 >Mさま
私が祖父母のとこにいたのは、多分1ケ月にもならなかったと思いますが、Mさまの1年は長かったですね。
他所の大人の中に一人でいるのは、結構気詰まりでしたが、今でも親戚の人の話のタネになるのは、
きっと皆Mさまを可愛がっていたのでしょうね。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 22時32分

 >三日月さま
蔵に入れとくほどのもんじゃないんです、人絹箱って。壊して色色な物に作り直したりしてました。

絵、ほめてくれてありがとん。恥ずかしいけど、
嬉しいっす。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 22時38分

 > utrilloさま
人絹箱、ほんと知名度低いですね(笑)
身近にいつもあったので、全国に流通してると
思ってました。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 22時48分

こんばんは~。
パルさんの少女イラストの表情が秀逸です。
感情がよく出ている、思い出のひとしずく。
先日の、牧冬吉
「隠密剣士」で「霧の遁兵衛」でしたね。
このひとは、助太刀が似合いますね。
もちろん白黒のビデオでしか見てませんが。

投稿: カイ | 2007年6月14日 (木) 23時00分

 >望さま
やっと人絹箱を知ってる人が出現しました!
職種に限られていたのかしら?あまりの認知度の
低さが意外でしたが、一人でも知ってる方がいて
よかったです。多分、お父様も色々活用して使われたと思います。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 23時09分

 >すうさま
ほんと私もつくづく思うの。日本固有の風景を
自然と理解出来るのはもう今の子供は無理なんじゃないかしら?
次の世代に残したいけど、DNAとして受け継いだ「日本人の感性」は変わっていくのでしょうね、残念だけど。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 23時18分

 >カイさま
お褒めいただき、有難うございます。
「隠密剣士」、ビデオで出てるんですか!
私はリアルタイムで見てましたよ、母が大瀬康一のファンでした。

投稿: バルおばさん | 2007年6月14日 (木) 23時23分

バル少女は、どこかに売られるのかと思ってしまいました。
よかった、よかった。
私は、子供の頃かぼちゃが大嫌いでした!!
今は、好きなのに!!
食べものの、好みはいつごろから、変わるのかしら??
私は、昔おばあちゃんちに、預けられたときチョコの食べすぎで、鼻血が止まらなくなりました(笑)

投稿: おおかみおばさん | 2007年6月15日 (金) 01時42分

>おおかみおばさんさま
ほんと木の箱に入れられて勘違いされちゃうかしら?
食べ物の好みは変わるから、今はカボチャは特に
思いいれはありません。

投稿: バルおばさん | 2007年6月15日 (金) 12時43分

食料難の時代で(つまり相当な む・か・し)かぼちゃと芋は季節になると味噌汁やだんご汁で毎日食べました。
もう一生分食べたと言う感覚で、避けて通りたい気持ちです。
でも餓死する人はいなかったのですから、日本はまだ良いですね。
子犬さん並みに箱に入れられて預けられては寂しかったですね。

投稿: hakutou5 | 2007年6月15日 (金) 15時57分

何だか少し泣けてきました。うるうる(;;)

投稿: 銀ねずみ | 2007年6月15日 (金) 16時48分

>hakutou5さま
さすがに私は食料難は知らないですが、だんご汁…美味しそう。
人絹箱、荷台代わりにこちらでは結構皆、使ってましたよ。

投稿: バルおばさん | 2007年6月15日 (金) 21時04分

 >ねずみさま
泣かないでください!単なる思い出話をアップしただけで(男を)泣かすつもりはありません(笑)

投稿: バルおばさん | 2007年6月15日 (金) 21時06分

う~ん、私も残念ながら人絹箱は知りません。お国柄、お仕事柄ってことですかね。
切ない甘酸っぱい幼い頃の思い出ですね。
私の父は電気関係の仕事だったので一時期庭に電線を巻く大きなコイル状のものが置かれてました。糸巻きのおばけみたいなものです。私たち子どもは大喜びでその上に登って遊んだものでした。(背よりも高い)
あの頃は一日が長くて、一年も長かった。今は月日の流れの速いこと速いこと。
バルさんのお話を読んでいたら、小さかった頃のことを思い出しました(*^_^*)

投稿: まままま | 2007年6月15日 (金) 22時21分

生まれた所は、比婆郡高野町。田舎も田舎、自転車、
う~~ん、あったかな?なかったような・・。
私も人絹箱、知りません。その業種の人達だけのものでは?
我が家は分家で母はいつも本家の農作業に手伝いに行ってました。なぜか私がいつも妹のお守りをしてました。兄も姉もいたのに今もって分かりません。バルさんの話で、物悲しいあの頃が思い出されます。

投稿: pomodoro0208 | 2007年6月15日 (金) 23時55分

>ままままさま
ジャ~ン、その巨大な糸巻き、知ってます。そして同じようにして遊びました。
広い敷地の資材置き場だったのね、よくもぐり込んでました、
今なら怒られちゃいますよね?
人絹箱はやっぱり特殊だったのですね、クスン。

投稿: バルおばさん | 2007年6月16日 (土) 00時12分

 > pomodoro0208さま
とうとう人絹箱を知ってる人はたった一人でした。

妹のお守りは多分、上のご兄弟がちゃっかりと pomodoroさんに押し付けちゃったのかな?
小さい頃の思い出ってもの悲しい事もありますね。

投稿: バルおばさん | 2007年6月16日 (土) 00時18分

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